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ねぎぼーNote

日々学んだことを記録しているつもりですが、最近はほぼつぶやきです。

ほぼほぼ年末年始のご挨拶ブログになってしまいました。いかがお過ごしですか?

私はこれ書きながら、テレビをザッピングしながら、配信流して、行ったり来たりわちゃわちゃしてます。何やってんだか。

 

今年はいつになくあっという間に過ぎた1年でした。

仕事の方は、完全在宅勤務で2年近くになります。年末に1回出社して、あとはずーっと自宅でリモート勤務です。

実務もなんかいろいろと体制が変わって、うまくいかなかったなあ。。。どうすればよかったんだろう。。。なんていろいろ考えることも多かったです。お友達に「私、どうしたらいいのかなあ。。。」なんてぼやいてみたり(その節は申し訳ありませんでした)。自信喪失と開き直りを行ったり来たり。

で、職場じゃないから、意外と逃げ場がないんですよね。職場にいれば、誰かしらとふらっと話して、そこで力が抜けることもあったけど、今は「ふらっと」が出来ないんですよね。自分で「意図して」接続しなくちゃつながらない。「ふらっと」って大事だったなあ。っていうと「リモートでのカメラオン問題」になるのだけど、カメラオンしたからコミュニケーションが取れるか、といったら、それも「絶対」ではないからなあ。個人的には「察してくれ」「言わなくてもわかるだろう」はもう厳しいと思うんですよね。もちろん、「察する」関係は素晴らしいことだと思うけど、「察する」ことを強要するのは、逆にコミュニケーションを断ってるだけな気がする。伝えたいことは、伝わるように、きちんと伝える技術、って、どんどん大事になっていくんじゃないかなあ、なんて思ったりしています。まあ、もともと私が、性格的に「言わなくてもわかるだろう」な人が苦手なだけなんだけど。

なんてことをつらつらと考えていました。

 

プライベートでも県外には一切出なくて、ほぼ外に出ることも無く、季節の移り変わりも、あまり感じられず、だからかなあ、ほんとあっという間の1年でした。配信イベントも増えて、現地に行けないのは悔しいけど、それでも配信があるだけありがたくて。関係者の人たちは大変だったと思うけど、助かったし、嬉しかったなあ。年末になるにつれ、有観客イベントも増えたけど、とりあえず年内は我慢して。

来年はイベントもだけど、旅行に行きたいなあ。遠出したいなあ。もう大丈夫かなあ。あと、お友達にも会いたいなあ。

 

そんなわけで、とりあえず無事に一年、生き延びました。それだけで、まずはよし。


今年も1年、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。

10年前。

私は自分の体験したことを「記録」していた。

最初の1週間に感じたこと。

1ヶ月後からは月次で。

年単位になり、7年目で止まった。

それでも、読み返してみたら、「自分なりに、がんばっていたな」と思った。

ちょうど、自分の考え方がざっくり削り取られた時期でもあり、「他人の思惑」ではなく「自分の意思」を見つめようとしていた時期でもあったから、相当感情がだだもれている。

今と変わらない感情もあるし、「こう感じていたのか」と思うこともある。

私は私なりに辛かったし話したかったし、でも、うまく伝えられないというか、考え方が異なることのさみしさのようなものもあったように思う。

そして、当時であった人のコメントと、自分が感じたことを記録しておいてよかった。

もう、長いこと会っていない人もいるけれど、その人たちを思い出して「元気かな」と思う時間は、不思議な時間だった。

 

本当は当時の記事に対する今のコメントをつけていこうと思ったけど、長くなりそうだし、もう眠いから、気が向いたら。

今日感じた気持ちだけ、今日のうちに残しておくことにします。

あけましておめでとうございます。
新年、皆様いかがお過ごしですか?

 

私はのんびり起きて、テレビで駅伝観ながらご飯食べて、初詣その1に行って、おやつ食べて、駅伝観て、初詣その2に行って、ご飯食べて...。

久しぶりにSNS浮上したりなんかしながら、ぼーっとまったりしております。

おみくじはそこそこ良かったかな(企画もののおみくじは厳しかった)。なんとなく背中を押してもらえるような感じでした。

 

とはいえ、ぼーっとしたらしたで、いろいろと考えなくてもいいことを考えて、ネガティブに襲われたりもしました。

もう、癖なのかな。

なるべく楽しいことに身を置いて、元気でいることを優先させていこう。

 

状況が状況なので難しいこともまだまだ多いけど、

今年は行きたいところに行って、会いたい人に会って、やりたいことをやっていきたいな。

引きこもりでもそこそこなんとかなってはいるけれど、

人と会う時間は、やっぱり貴重で、

「会話をする」ということはやっぱり大切で、

そういうことに、私は支えられていたんだなあ、と思いました。

 

こちらの更新はどうなるかわかりませんが、

更新した際はおつきあいいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。