「栃赤城」を知っているかい?
朝、『うらしま沼田店』へ…。
開店前にレジ設定を変更する。
これで、スタートを遅らせる『中之条店』以外の4店で新メニュースタートになる。
今月に入って、一気に作業を進めたのでいろいろな部分で大変なことがあったかと思う。
でも、でも…、こうして変化させていくことで、結果が変わっていく訳で、理解して欲しいと思う。
『沼田店』へ行くと、何となく気になる場所がある。
ウチの店舗からすぐの所にある閉ざされた衣料店…。
ここは昭和50年代に大相撲で大活躍した「栃赤城」の家だ。
「栃赤城」と言えば、昭和の名力士として必ず名前が挙がる。
その相撲は、「サーカス相撲」と言われて、土俵際での大逆転が持ち味だった。
一時は大関候補と言われ、騒がれたりもしたのだが、怪我で番付が下がり、三段目(相撲の番付)まで落ちてしまったのに相撲を取り続けていた。
大関候補が、幕内の下位から十両へ下がると、もうその時点で普通なら引退だ。
それが十両から幕下へ…。更にその下の三段目まで下がっても辞めなかった。
最終的には相撲取りを廃業して群馬に戻って、実家の衣料店を継いだ。
平成2年、1990年頃の話だ。
そして、その7年後に突然の死…。
『うらしま沼田店』のオープンが1995年の冬…。
当時、自分が初めて担当した新店出店だった訳だが、その時に「栃赤城の家のそばだ…」と思っていた。
彼の死後、この店は閉まってしまった。
建物はそのままだ。
何だかわからないが、今日『沼田店』へ行った時、この「栃赤城」のことが急に頭に浮かんだ。
ちょうど、朝青龍問題がニュースになっているからなのだろうか…。
とにかく、「栃赤城」の相撲は何が飛び出すか最後までわからない相撲だった。
何事も、最後の最後までわからない…。
土俵際に押し込まれても、あきらめずに思い切って技を出す。
そういうことは、人生やビジネスにも通じることだなぁ…。
