おばあちゃん子だったので…。
月曜日…。
社内で各店実績確認を意識する曜日…。
いろいろいろいろ…ある。
午前中は、業者さんの商談を入れていて、午後からミーティング。
夕方以降は、数値資料の細かい部分をあれこれ…。
…と、今日はこんな仕事話。
先日、祖母の13回忌で母親方の親戚が集まった。
その時に、最も若いいとこが「ブログ見てるよ…」と言っていた。
「ビジネス話が多くて硬いよね…」と言われたのだが、実際従業員さんだけでなく、取引業者さんや金融機関さんまで見ていることもあるし、そんなやわらかい内容は書けないだろう…という所。
祖母の13回忌…。
おばあちゃんは自分の結婚式の2週間後に亡くなった。
新婚旅行から帰ってきて、お土産を渡した時は元気だった。
結婚式後の諸々のことが一段落した頃、突然救急車で運ばれた。
そのままほんの数日で息を引き取った。
6月25日の夜明け前だった。
病院から自宅へ亡骸を運ぶ時、朝日が昇るのを見たように記憶している。
ホント、時の流れははやい…。
こんな風に時の流れのはやさを口にしているうちにどんどん歳をとっていく。
自分は高校卒業後、東京へ出たので10年間離れて暮らしていた。
年に何度か実家に帰った時に、おばあちゃんといろいろなことを話した。
そして、東京に戻る時に言う「じゃあ、また…」という言葉。
この「じゃあ、また…」と言う言葉の裏で、もしかしたら「またという日は来ないのかもしれない…」ということを感じるようになっていった。
年老いていくおばあちゃんの姿を見て、いつも「もしかしたら…」という感じを感じていた。
おそらくおばあちゃんも同じ事を感じていたんじゃないかと思う。
だから、おばあちゃんは玄関から外に出て、自分の姿が見えなくなるまでずっと見ていた。
自分は振り返ると悲しくなるので、背中におばあちゃんの視線を感じながら、そのまま歩いて行った…。
実家に帰った時は、いつもそんな気持ちで家を出るのだった。
この「じゃあ、また…」というこの言葉が、自分が最初に書いた演劇脚本の根底にあったものだ。
「じゃあ、また…」って、笑顔で言う。
「最後かもしれない…」という想いを持ちながら、お互いにそう言う。
そのイメージがあって書いたのが自分が22歳の時に書いた作品、『フェアリー・リング』でした。