蓮樹くん死去の報に…。 | 『伝説』という会社の社長が書くブログ

蓮樹くん死去の報に…。

重い心臓病と闘っていた渋川の田子蓮樹くん(1歳)が亡くなったというニュース…。

一昨年の9月生まれの蓮樹くんは、うちの来瞳と同じ月の生まれだ。


この年末年始に、各店で募金協力をさせてもらった。

各店を利用するお客様、メンバーの皆さんにご協力頂いた。


先日のニュースを見て、「れんくんを救う会」のHPを見て、本当に残念に思った。

お父さん、お母さんのコメントを見て、胸が詰まった。


今、自分には4人の子供がいる。

大きな病気もなく、毎日普通に暮らせていることがどんなに幸せなことか…と思う。

人間の欲望はきりがなく、常に「もっと、もっと…」と欲しいものがでてくる。

1日、1日、生きていることがどんなに貴重なことか…。

それだけでも何とか手に入れたいと必死に生きている人もいるのに…。


蓮樹くんのことを知った時、自分は9年前の出来事を思い出した。

今では4人の子供に恵まれた自分だが、実は悲しい出来事もあった。

だからこそ、蓮樹くんには頑張って生きて欲しい…と思った。

子供を失う親の気持ちを思うと、何とも言えない…。


その時のことを思い出し、当時自分が書いた文章を見つけて読んでみた。


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最も悲しい出来事

■これまでの人生で最も悲しい出来事
結婚して群馬に戻ってきて、すぐに祖母が亡くなった。このことが、これまで最も悲しいことだったのだが、1998年10月、おそらく自分の生涯で決して忘れないだろう出来事が起こった。
仁美のお腹に二人目の子供の生命が育っていた。予定日は3月3日の雛祭り。雛祭りだからまた女の子かな…?なんて言って育っていく生命を楽しみに見守っていた。そんなある日、定期検診に行った仁美が「何だか変なんだって…」と言って帰ってきた。お腹の子供の首にコブのようなものが見える、ということだった。何回か検査をしてハッキリしたことがわからず、群馬大学病院を紹介された。更に何度も検査をして、染色体異常という診断が出た。生命は育っていて、産まれることはできるだろうが、産まれても2週間生きられない可能性が強い。もし生きられたとしても重度の障害が出るだろう、ということだった。「後はご両親の判断に任せます」と言われた。お腹の中では生きている生命。生きている限りは生かしてあげたい、というのが自分たちの気持ちだった。実は長女の苑美が生まれる前に、2度の流産を経験している。お腹の中で生きることができなくて、生まれることすらできなかった二人の生命があった。今、お腹の中で生きている生命。生きている限りは生かしてあげたい。もしすぐに命絶えることになったとしても、最後まで見守ってあげよう…、というのが二人の気持ちだった。でもそこで何度となく考えたのは「最後まで見守ること」が本当に出来るのか、ということだった。染色体異常であることは確かということだった。もし生まれて、生きることができたとして、自分達は「最後まで見守ること」が本当に出来るのか?苑美に負担がかかることにならないか?生命の自然な順序である以上、親である自分たちの方が早くこの世を去る。その時にこの子達はどうするのか?…二人で本当に苦しんだ。染色体異常に関して調べまくった。そして二人で「あきらめよう…」という結論を出した。
中絶するのにギリギリのところまで育っていた生命だった。入院して、処置をするのにずっと一緒にいた。仁美は、「お腹をけってる…」って言って処置台にのった。最後の最後まで小さな生命はお腹をけっていたみたいで、仁美は「ごめんね、ごめんね…」と言いながらお腹をさすっていた。…この時のことは、生涯忘れられない。生きている生命、生きようとしている生命を、親である自分たちの判断で奪った。
人工的に生命を奪った小さな赤ちゃんを見た。普通に生まれる赤ちゃんと変わらない姿だった。目も、鼻も、耳も、ちゃんとあった。でも普通に生きられない生命だったと思うと、どうにもたまらない気持ちだった。その眠っているような小さな顔を見ていると、見ている間中涙が止まらなかった。小さな棺に花をたくさん入れて、服を入れて、靴を入れた。「またママのお腹に帰っておいで…」と言って棺を閉じた。火葬した後、ほんの少しの骨が残った。これは仁美と二人で、二人のうち先にこの世を去る方の棺に入れよう、と決めた。
この出来事が、自分自身の現在の全ての根底にある。「生きている」ということに対する感謝の気持ち。何もすごいお金持ちにならなくてもいい、自分だけいい思いしたいとも思わない…。あの眠っているような、小さな顔を思い出す度に、現在の自分にいろいろなことを言っているように思えてならない。
雛祭りが予定日だったから、雛祭りの頃になるとずっと思い出すのだろう…。そんな雛祭りに生まれることができなかった小さな生命は、雛祭りのくせに男の子だった。