「がんばれ!自分」 中学生人権作文コンテスト
安倍総理に関して、いろいろ言われる出来事が起こっているが、政府インターネットテレビで安倍総理のメッセージ動画を見た。
ここで紹介していた中学生人権作文コンテストの作文を読んで、胸が詰まった。
これはぜひ多くの方に読んで欲しいと思うので紹介しておきます。
がんばれ!自分
埼玉県・
野口 綾大(のぐち りょうた)
ぼくは,小学校一年生の時からいじめを受けている。正確に言うと保育園の時からかもしれない。
保育園児ぐらいだと,本人はきっといじめているという感覚はないと思うが,ぼくが保育園に着くなり,たたいたり,けとばしたりする子がいた。
学校に入ってからは,持ち物を隠されたり上履きや靴に画びょうを入れられたり,背中に墨をつけられたり,階段から突き落とされたこともあった。
学校帰りに待ち伏せされて,いじわるをされたこともある。その時は,一人で帰るのがいやで,毎日,母に会社を早退してもらい学校に迎えに来てもらった。
今までのことを思い出すと悲しくなってくる。新しい学年になるたびに,「今度こそいじめにあわなければいい。」と思う。
なぜ,ぼくはいじめを受けてしまうのだろう。きっとそれは,ぼくが人より,勉強が苦手で,運動が苦手で,からかわれる要素がたくさんあるからだろう。ぼく自身にもきっと悪い所があるのだと思う。
ぼくは好きでこんなぼくでいるわけではない。できるものなら,今のぼくと正反対な人間に生まれ変わりたいと思う。
なぜ,いじめをするんだろう。自分がいじめられたら,どんな気持ちか考えたことがあるのだろうか。人にされていやなことはやってはいけない。簡単なことなのになぜできないのだろう。自分がいじめられていたら,家族がどんなに悲しむか考えたことがあるのだろうか。いじめをする人は,心が病気なんだと思う。心の病気が治った時,きっと後悔するだろう。
いじめが原因で,自分から命を落とす人がいるが,それは本当に悲しくて,残念なことだと思う。家族の悲しみを考えたら,ぼくにはとてもそんなことはできない。
ぼく達は,生まれてから今日まで,家族に支えられ,大切に育てられてきた。
ぼくは,未熟児で生まれた。他の赤ちゃんに比べて発達が遅く,二才過ぎても歩けなかったので,みんなとても心配したそうだ。
母は,「この子が一生歩けなかったらどうしよう。」そんなことばかり,毎日考えて,落ち込んでいたそうだ。そんな母は,ぼくが元気がないと必ず,「何かあったの?」と,聞いてくる。ぼくが話をすると,自分のことのように,怒ったり,悔しがったりしてくれる。母は,ぼくにとって何でも話せる相談相手だ。
そして,ぼくは,学校でいやなことやつらいことがあっても,家に帰るとほっとする。ぼくが,「ただいま。」と言うと,祖母が,「お帰り。」と,元気に返事をしてくれる。祖母は,ぼくの愚痴も,いやがらずに聞いてくれる。それだけで,気持ちが軽くなる。祖母は,ぼくの好きな歴史にも詳しいので,祖母と話しているととても楽しい。
父は,いつも仕事で帰りが遅いけれど,毎晩,ぼくの部屋に来て声をかけてくれる。父も,仕事でつらいことがいろいろあると思う。それでも,ぼく達のために,がんばって働いてくれる。照れ臭くて,言葉には出せないけれど心から感謝している。
二人の弟には,ぼくがいやなことがあって機嫌が悪い時など,八つ当たりをしてしまい,いつも悪いと思っている。生意気だけど,いなくなるとさびしい存在だ。
ぼくにとって,家族の一人一人が,とても大切な存在になっている。同じように家族にとっても,ぼく達一人一人は,世界にたった一人しかいない大切な存在で,かけがえのない宝物だと思う。
家族に大切にされた人は,自分自身を大切にでき,自然と相手のことも大切に考えられるようになると思う。そう考えると,むやみに人を傷つけたり,自分から命を落とすことなどできなくなると思う。
人はみんな一人一人違っている。いい所もあれば悪い所もある。人と違うからと言ってからかったり,差別したりするのではなく,相手を理解しようとする気持ちがあれば,いじめや差別はなくなると思う。心の底から悪い人間なんていないはずだ。
こんなぼくにも,人に自慢できることがある。それは,学校を休まないことだ。どんなにつらくてもがんばって学校に行っている。
ぼくは,せっかくこの世に生まれてきたのだから,意義のある人生を送りたいと思っている。できれば,自分の趣味である歴史関係の仕事について,人の役にも立てるようにがんばりたいと思っている。
これからも,いろいろなことがあると思うが,「負けるな,がんばれ!」と,いつも自分に言い聞かせて,自分を元気づけながらがんばっていきたい。