渡瀬社長の葬儀へ…。
10月23日(月)
朝の新幹線で浜松へ…。
いまだに信じられない思いのまま、『五味八珍』渡瀬社長の葬儀へ向かった。
15年前、『五味八珍』に入社させて頂き、外食産業の「考え方」を勉強させて頂いた。
自分の外食産業における「考え方」の原点は、渡瀬社長の「考え方」からきている…。
1年半『五味八珍』でお世話になって、東京に戻る決意をした自分の話を聞いてくれて、応援してもらった…。
自分が結婚をする時には、媒酌人を買って出てくださった。
去年、ウチが『五味八珍』のFCを辞めるまで、毎年浜松を訪れて話を聞かせて頂いた。
去年の春、『五味八珍』のFCを辞め、その店舗を『すし伝説渋川入沢店』としたのだが、ちょうどその時期に渡瀬社長は手術をして入院していた。
ちゃんとした挨拶ができないままFC脱退をしたことが気になっていて、秋になった去年の今頃渡瀬社長の自宅を訪ねた。
挨拶が出来なかったお詫びに行った自分に、渡瀬社長は「寛正くんが悩んでいる時期に、力になってあげることができずに申し訳なかった…」と逆に頭を下げた。
そして、病気について話し始めた。
その言葉は力強く、絶対に病気に負けない…という決意に溢れていた。
自分も、良くなるもの…と信じていた。
今日、葬儀の中で聞いた話によると、この時にはすでに再発が確認されていたという…。
思えば、
「…不安で、怖くて、朝起きると枕が涙でぐしゃぐしゃなんだよ」
「…せめて、孫がもうちょっと大きくなるまで見ていたい…」
とか、そんな発言があったことを思い出す。
この時、渡瀬社長は自分で書いた文章を読むように…と毛筆で書かれたノートを持ってきた。
自分がその渡瀬社長の文章を朗読した…。
生かされていることへの感謝、周りの人への感謝、すべてのことを受け止めていく決意…。
そんな渡瀬社長の「考え方」が書かれていた文章だった。
あれからちょうど一年…。
今日の葬儀で、自分が『五味八珍』にいた頃一緒だった多くの方々に会った。
当時の社員さんや、パートさんもたくさん来ていた。
美和常務が涙ぐんで自分の手を握るから、胸が詰まるし…。
長男で葬儀委員長の徹さんと喪主の奥様と挨拶する時には、自分の結婚式の時のこととか、去年訪ねた時のこととか思い出して、ただ頭を下げることしかできなかった。
自分にとって渡瀬社長は、外食企業における経営者として目指すべき姿だとずっと思ってきた。
『五味八珍』という体験があるから、今の自分の「考え方」があるのだ。
…でも、信じられない。
葬儀にまで出てきたのに…。