「俺を見ろ!」という意識
明日(11日)、店長会議ということで、資料作成…。
他にも、連絡がいろいろ…で、意思決定しなければならないことが…。
自分の役割は意思決定の繰り返しになる訳だが、すべてが集団にかかわる全ての人の今後にかかわることになるので、考え始めると時間が瞬く間に過ぎてしまう。
軽く決めることはできないが、考えすぎてもダメだ。
昨日の東京ドームで感じたことについて、言葉足らずの感があるので補足しておくと、個々の選手が一生懸命やってないとは思ってないし、野球全体の技術は上がっているのは確かだ。
でも、何かが物足りない…。
昔の選手が持っていた個性…。「俺を見ろ!」というようなあの雰囲気。
自分は長島を生で見たことはないが、徹底した「魅せよう」とする意識。
自分が初めてプロ野球を見た時は、とにかく王だった訳だが、王の練習時から柵越えを連発するあのフリーバッティング。
あれは、練習時からホームランを「魅せよう」としていたのだと思う。
とにかく、選手が自分であの球場全体の空気を支える…という感じが出てこないとと思うのだが…。
自分は演劇をやってきた訳だが、舞台の空気を役者が支えられるかどうか…ということを常に考えていた。
力のある役者は、一人でも、何もしゃべらなくても、立っているだけで舞台全体を支えてしまうのだが、ダメな役者は何人いようが、セリフをしゃべろうが、動こうが…空間を支えきれないものだ。
で、昨日の試合で「魅せよう」とする意識で動いているように感じたのは、試合前の小久保…くらいしか気付かなかった。
あと、練習時のラミレスか…。
本当はもっと多くの選手がそういう動きはしているのだろうが、自分にはわからなかった。
良い悪いは別にして、清原はそういう感じを受ける選手だし、新庄とかもそうだろう…。
やはり若い選手にもそうした雰囲気を出す選手に出てきて欲しい。
実は、同様の事はどの世界でも言える事だと思う。
球場で見てると、ビールの売り子さんも興味深い。
売れる人と売れない人とが絶対にいる。
売れる人は、立っているだけで売れてしまう。
売れない人は、歩き回って声を出して…、でもあまり売れない。
我々の店舗においても同じ…。
「魅せよう」という意識がないと、楽しさは表現できないのだ。
(選手の敬称は失礼ながら略させて頂きました)