先日、数年ぶりに友達のお墓参りに行ってきました 

 

病気になってみんなに心配をかけまいと、症状が出始めてから行かなかったんです 

そうこうしてるとコロナの萬栄、気管切開のための入院がありいけない状態でした 

数年をかけて仲の良かった友達やなくなった友達の両親に病気のこと、今の症状などを伝えました。 

正直、友達の両親に伝えるのが一番つらかったです。 

なんせ亡くなった息子の友達が現状では不治の病で、いつ死ぬかわからない。 

なんてことを伝えて悲しませたくないですよね? 

皆が大きくなったり、結婚したり、子供ができたりしたときには、我が子のことのように喜んでくれたりしました。 

そんな人たちにうち開けたらショックを受けるのではないか? 

泣かせてしまうのではないか? 

と思って、病気のことを知ってた友達には「何も言わないでほしい」とお願いしました。 

今思うとその友達には酷なお願いをしたと反省しています。 

少しして友達とラインをしている時に「そろそろ話したほうがええんちゃう?むしろ話してくれなかったことにショックを受けるで」と言われました。 

確かにそういわれると私は友達の両親を傷つけないためと言いつつも心のどこかで、こんな姿を見せたくないなどと自分で理由を付けて避けていたと思い、ついに話すことにしたわけです。 

 

本筋から離れたので戻します。 

10月に友達と墓参りに行きたいという話になって、ヘルパーやタクシーの手配やみんなの都合を調整しました。 

てなわけで真冬に墓参りすることになりました。 

当たり前ですがめっちゃ寒い(笑) 

タクシーに乗って、揺られること1時間弱。途中で吸引のために停車したりしました。 

目的地に近づくたびにみんなに会えるというワクワクがある一方、不安も増してきました。 

それはみんなの私を見る目です。 

友達も呼吸器がついた私を見たことがないため、その場にいる人たちが私を見てどう接したらいいのかわからないという状態にならないか? 

この姿を見てショックを受けないか? 

そんな心配をしている間に到着。 

リフトで車から降りているとみんなの話声が聞こえて緊張しまくりバクバク。 

降りるとみんなの顔が見え、さっきまでの不安はなくなって気持ちに余裕ができた。 

同じ姿勢だったので圧を抜くために車いすの背もたれを倒したですが、その時目の前に広がる空がとてもきれいでした。 

よくよく考えたらいつも室内で天井や壁しか見てなかったし、通院の時は決まって雨だったのでまともに空を見ることがなかったんです。 

しかもみんなの顔を見て不安がなくなったということも相まってなのかもしれませんね。 

寒かったこともあり、外にいた時間は30分程度でした。 

短い間でしたがお墓の前まで行き、人の手を借りて線香をあげたり手を合わせることができました。 

久しぶりの外出ということもあり、肉体的にも精神的にも疲れたせいか帰りの車は爆睡でした(笑) 

かなり疲れましたが頑張れば外にいけることがわかりましたし、その為には想像以上の事前準備が必要なことも分かりました。 

何事も自分の努力も必要ですね。 

外出すべきとは言いませんが、やりたいことがあるなら周りに相談してみたり、使える制度を使って挑戦したらいいと思いますよ。