ブログネタ:電車でケータイをいじってる時、何やってる? 参加中僕が電車や飲食店の待ち時間などに携帯をいじっているときは大抵ニュースをみてます。
昭和末生まれの僕はまさに携帯と共に育ってきた世代なわけですが、いまになって思えばその成長の速さを感じることができる最後の世代だったのかなと思います
僕がものごころつく頃には、携帯持ってる人なんてお金持ちの家のパパくらいだったのが、いまやよぼよぼばあちゃんから虫捕り小僧までも一台ずつ持ってる時代ですよね
携帯がこれほどに人のライフスタイルに浸透してしまうなんて誰が想像できたでしょうか。
産業革命の再来といっても過言ではない気がします
とまぁ、いつもの通り脱線ぎみなんですが、いつ頃からでしょう
電車を見渡すと必ず数えきれないほどの人達が携帯をぴこぴこやってるんですよね
移動の時間までも社会と繋がっていようとする。もちろん僕もです。最初は本当に単なるもの珍しさからでした。
それが振り返ってみるとここ数年、悍ましいスピードで一日のうちにある隙間が情報と干渉で埋められてきたのがわかります
最初はメールが主な機能でしたから、その干渉もいわば点同士の線でしかなかったのですが、急速なブラウザ機能の進化によってwebという限りなく広い面と繋がることになりました
こうなるともう、望むと望まざるとに関わらず携帯がある限りは再現なく干渉に晒され、常に情報とアクセスした環境におかれます
便利なこともすごく増えましたし、とくに問題があるとも思いません
ただ、いつも他への干渉が可能になったこと、それが日本人の性質にマッチしすぎているのが心配かなと思います
性質というのはつまりですね、民族ジョークでも皮肉られるほどに日本人は他を意識していますよね。
他からみた自分を意識していると言ったほうが適切かもしれません。それです
本来日本人がもつこの他者への過剰なまでの意識と、他者との接続を協力に実現できるツール
mixiほかSNSが爆発的に流行ったのも、こう考えると然るべき結果といえます
さて、健康の秘訣は腹八分目と言いますが、それはほかの欲求にもあてはまると思うんです
僕のいう心配とは、その知りたがりすぎる心、干渉したがる心があまりにも見境なく進行してしまうことで、今までにない新たな問題を産んでしまわないかというところなんですね
blogや掲示板、SNSで人の日記を見てみると、ふとその一端を感じたような気がすることがあります。
なにか間違っているのではないかなと
みんなが携帯をいじくる電車内、見様によっては病める現代の象徴のような風景なのかもしれません
ちなみに僕が電車内で携帯をいじるときにニュースを見るのは、なにかいじってないと向かいの席の人のどこをみてればいいのかわからないからです
やっぱり日本人ですねえ僕は