私がニートひきこもり自立支援の活動を始めて、
長年、発達障害等の支援をされてきた指導員の方や
他の施設の理事長さんにもお会いする機会が増えました。

そこでお話ししていると、
特別にそういう勉強をしてきたのではないのに、
発達障害、自閉症といった困難を抱える方のことが
良く理解できていますね
とほめて頂くことがあります。

確かに私は何か困難を感じておられる方のことが
良く理解できるような気がします。

今までの経緯をお話しすると、
自分自身が小さい頃から困難を感じてきた方で
些細なことがとても難しかった経験があるからだと思います。

そして次に、自閉症の入所施設で働いたこと。
経理事務として3年働きましたが、
自閉症を中心とした障がい者の方の自立支援入所施設と、
軽度の障がい者の方の授産入所施設で働いたことがあります。

その期間は多く学ぶものがあり、
随分理解が深まったと思います。
普通に大学を出たり社会人として活躍していても、
自閉的傾向が強い人は結構いるという話も聞きました。
「何かに突出している人はちょっと変わった人が多い」
と言えば皆さんにも合点がいくところがあるのではないでしょうか?
大学の先生やお医者さん、
企業家の方々には人と違うタイプの方が多いと言います。
研究職の場合も、それ意外は全くダメという人もいます。
スポーツ選手でも異常なほどストイックに励む人がいます。

次第に世間でもADHDとか自閉症とか
高機能発達障害とか・・・
目に見えにくい困難さのことがTVなどでも
取り上げられるようになりました。
エジソン、アインシュタイン、ダヴィンチ等も変わり者だったという話は有名です。
私の尊敬するスティーブン・ジョブズ氏も変わった人でした。

そうして現在、私の息子Kについて理解するにあたり、
更に学びを深めています。
私も困難な部分が多くありましたが、
Kのそれは似ていて非なるものでした。

自分自身を理解するよりも
わが子を理解するのは非常に葛藤を伴い難しいことでしたが、
やっと等身大の姿で見れるようになったような気がしています。

自立支援活動を進めるにあたって
これらの自分の経験と知識が非常に役立っている
と思います。

困難をかかえることはマイナスでは無い。
逆にプラスなんだという発想の転換も
今では自分の中で常識になっています。
突出している人は変わった人が多い・・・

だから自分が変わっていると思うのなら、
突出した部分を鍛えれば良いんです。
少なくとも、私はそうしてきました。

私の場合は良くモノを忘れたり、
大事なモノを無くしたり、
普通じゃないくらい忘れるのです。
やかんをかけていたことを忘れたとか、
お風呂の水を出しっぱなしで忘れたりとか…

こういったことは完全に無くなる訳では無く、
自分で注意して対処するというか
自分と付き合っていくしか無いんですよね。
自分を理解して失敗するものだ”という前提で対策を考えることで、
実際の失敗を減らしていくんです。

ですが代わりにというか、
やりたいことに対して邁進する力
集中力は逆に凄くあるんです。
”三度の飯より~”という、ことわざどおりです。

私が小さい頃に困ったのが
作業スピードがとても遅いことです。
なぜ自分はこんなに人より遅いのか…
良く分かりませんでした。

例えば黒板の字を書き写す作業です。
ある程度の文章をまとめて記憶して
それを一気に書き写すというのが非常に困難でした。
というか、人はそうしている事に気づきませんでした。
一字一字確認しながら写すので、
目は何度も黒板とノートを行き来します。
字も丁寧に書かないと気が済まないので、
筆圧も高くて1ページ書くと非常に疲れました。

そんな細かな人との違いに気づかず、
宿題も授業中の作業も本当に大変でした。
集中して聞けばそれだけで理解できるのに、
どうしてもっと楽な勉強の仕方が出来ないのかなぁと
いつも思っていました。

本を読むのは好きだったので、
私は資格試験等の勉強は全て本を読んで行いました。
好きなことや面白いことはどんどん頭に入るので、
自分なりの勉強の仕方を覚えて
好きな分野に限ってなら
難しい試験に合格することも出来ましたし、
難しいプログラムを作ることも出来ます。

しかしながら、ちょっとした作業は
指の動きや手さばき等がどうしても要領よく出来ません。
なので今も事務作業とか軽作業は大変苦手です。

じっとパソコンに向かってロジックを考えたり、
新しいビジネスについて発想したりする方が
自分には合っています。

お喋りについてもそうです。
何となくみんなの会話についていけませんでした。
のんびりしているので、仲良しの子と二人なら良いのですが、
大勢になると混乱して会話どころではなかったです。
運動も苦手なので、小さい頃はちょっと意地悪されたりしました。

学校ではまだ困難を感じながら何とか過ごせていましたが、
仕事になるとそうはいきません。

のんびりやっていては与えられた仕事が
時間内に終わらないからです。

幸い希望どおり地元では大手のシステム会社に入社して、
システム開発の中心となっている開発部に所属され
プログラマーになったので
プログラミングは問題なくとても楽しく出来ました。
でも仕様書を書いたり書類を整理したり・・・
プログラミング以外の作業が発生します。
雑務も少し回ってきます。

どうしてプログラミングは人より出来るのに、
雑務は人より出来ないんだろう?
人と自分の違いをジッと観察して分析しました。

皆が普通に行っているちょっとした作業は、
実は些細な動作を上手く連携させてなりたっているということ。
その些細な動作が効率的に行われているから
動作が速いのだということ。
そういったことに実はいちいち驚きました。

手を早く動かすには、頭で一瞬先のことも予測しながら動かないと
次の動作で遅れが出ること・・・
それらが上手く出来ていなくて自分は困っているのだと気付いた時、
少し改善に向かうというのは自分で体感しました。
心掛けて一瞬先を頭にイメージして、
心掛けて手を早く動かし
心掛けてもう少し先のことまで考える。

会話にしろ作業にしろ、
私にとっては全てが真剣にスキルアップに取り組むべき課題なのです。
何がどうなって上手くいっているのかを
細かく分析して理解することで、やっと出来るようになる。

けれどこれって凄くパワーがいって大変なことなんです。
出来るのが普通なんかじゃないんです。
凄く頑張って人並みに近づけるんです。

子どもの頃、私の両親は厳しかったので
出来ないことで良く叱られました。
すると劣等感がとても大きくなります。
小さい頃は本当につらいことが多くて泣いてばかりでした。
「ごめんなさい」と言うのが口癖になっていました。

そのかわり良いところを両親は認めてくれましたので、
パソコンという特技を仕事に活かすことが出来て随分楽になりました。

不得意なことを細かく理解して教えてくれる人がいたら
もっと楽な子供時代を過ごすことが出来たのになと思います。
どうやったら良いとか、どう考えたら良いとか、
分かるように教えてほしいというのが
私と同じような人に共通する思いではないでしょうか?

そして、自分の体験からも、
得意を伸ばすことが何よりの近道で
得意を仕事にすることが幸せに生きていく方法だと考えています。
全ての人は可能性を持っています。
苦手のある人は逆にその分得意がある可能性があるのです。
私は長年それについて考え続けてきたせいか、
そういうことを見る目が養われているような気がします。

戦略的に生きよう!とブログで言っていますが、
そうしなければ生きていくのが難しいからです。
自分のこととしてそれを考え続けてきた結果、
そういうことを考えるのが得意になったのです。

だから、皆の良いところを活かす。
その為に培ってきたITの知識を活用する。
これを組み合わせることが自分にとってはごくごく当たり前なんです。
自分がずっとそうしてきたからです。
パソコンは良くないという人もいますが、
パソコンは困難を補ってくれるとても優秀なツールです。
そうして大きな可能性を秘めています。

視覚に障害のある方がiPadを日常的に持ち歩き、
見たいもの全てを瞬時に拡大出来るツールとして活用しているそうです。
今後の学習にも、ビジネスにも、大いに活用すべきだと私は考えています。

そして家から出るのが困難な方への在宅ワークの開拓など、
いろいろな可能性を視野に入れて
情報収集と実践を行っていきたいと思っています。

今ちいさなお子さんをお持ちの皆さんは
是非療育というものにも取り組んでみられたら良いと思います。
福山市には就学前のお子さんの療育を行う公的機関が出来ました。
もっとこういった取り組みが増えることを願っています。

そして、既成概念を取り払い、
自分の新たな可能性にチャレンジしようとする若い方が
もっともっと増えると良いなと思っています。
その為の情報発信をするためにも、
まずは”どりぃむスイッチ”の皆で
新しい取り組みを試していきたいと思っています。