約2年ぶりのアメブロ投稿になるというのに、えらくハードなタイトルで恐縮ですが…この度、わたくし・ちぃは、出産時以外で初めての入院をすることになりました滝汗 身体にメスを入れられる手術も、初めて。

 

今後、同じ診断を受けた方々の参考になればと、アクセス数の多いアメブロに経緯を記録・公開していこうと思います。ちなみに現在、私は他社のブログサービスをメインで使っております。

プライバシー? セキュリティ? の観点から、リアルタイムでのアップはせず、退院して落ち着いてから記事は公開していきますね。

 

まず、手術決定に至った経緯から鉛筆

今年1月末に受けた人間ドックで左卵巣が腫れていると指摘され、総合病院での精密検査を勧められる。総合病院婦人科での診察・MRI検査の結果、左卵巣内膜症性嚢胞、いわゆるチョコレート嚢胞と診断される。大きさは約4cm。

自分が子宮後屈なのは知っていたが、子宮・左卵巣・直腸に癒着があるらしく(骨盤子宮内膜症あり)、しかし約8年前までの妊婦健診(のエコー)では子宮内膜症を指摘されたことはなく…2年前の子宮がん検診でも何も言われておらず…いつから内膜症だったのかは分からない。月経サイクルは順調だし、量なども(多分)問題ないし、特に自覚症状はなかった。日常生活に支障を来すような お腹・腰の痛みもない。

 

婦人科外来で最初に診察してくれた医師は、私に痛みがないことから、現段階では薬物療法を勧めると言った。その時は、どんな薬かも私自身が知らなかったし、すぐに摘出手術をしないといけないほどの大きさでもないと言われたことから、夫とも相談して考えようと思い、とりあえず経過観察を選び、約3ヶ月後の診察予約をして帰っていた病院

その後、夫以上に私を心配した両親(特に父)の勧めで、別の婦人科医に診てもらうことに。紹介状を渡された当日に予約を取りに行ったら、その翌日の枠が空いているとのことで、検査報告書を見てもらったら、年齢・腫瘍の大きさ的にギリギリ手術推奨レベルなので なるべく早く手術をしましょうとびっくり いや、…ええっ!? あまりの急展開…。

 

これまで多くのケースを見てきたであろうベテラン医師なので、きっと、摘出してみたら悪性だったという例を結構知っているに違いない。

「卵巣がんはね、厄介なんですよ」

そう言われた。卵巣は外部から組織検査のできない奥まった所に存在する臓器なので、腫瘍が良性か悪性かは摘出してみないと確定診断できないのだ。そして、MRI検査で「がんの可能性が高い」という所見が出た段階では、すでに転移していることが多いのが卵巣がんの特徴らしい。

 

私は、画像診断からは「悪性ではなさそう」と言われている。でも、いつ がん化するか分からない。子宮筋腫と違い、閉経後に腫瘍が小さくなるわけでも がん化率が下がるわけでもない。と、なると、お腹に爆弾を抱えたまま薬で様子を見ながら生活するのと、いっそ元気な内に切り取っちゃうのと、どっちがいい?

いつかは選ばなくてはならないだろうと思っていた道を、すぐ歩き出すことにした。というか、なったガーン

「○月×日だったら僕は空いてるけど(=手術できるけど)、どうします?」

…いくつも症例を見ている大先生が具体的に迫ってきては、私に検討の余地はなかったタラー

 

もう子どもを産む予定もないので子宮に未練もないため、勧められるままに全摘を即決、迷った末に異常のない右卵巣は ひとまず温存し、ただ卵管は切除することになった。近年、卵管から卵巣がんが発生する事例が報告されているそうだ。子宮がいなくなれば、卵管の役割もなくなるし。別に何の躊躇もない。

 

では、その後どうなったか…入院してからの報告をお待ち下さいませPC

自分が幼少期から習い、習わせる(教える)立場になった今、ある所で見掛けた疑問が心に残ったので、それについて自論を述べてみたいと思います。

>(自分や姉妹もしていたので)楽器は当然やるものという感覚なんですが、時々(勉強と違って)これは目的は何だろうと意味が分からなくなることがあります。 ――中略―― 皆さんは何のために(子どもに)楽器を習わせていますか?

ずばり、人生の選択肢を増やすため、人生の幅を広げるためです。そして私自身が、ピアノ(や他の楽器)を習わせてもらって、音楽を学んで、何一つ損なことがないばかりか、得にしかなっていないことを実感しているからです。

現に私は、ほんの2・3年前まで想像もしていなかった仕事をしています。多少ピアノが弾けて、リトミック指導の勉強をしていなければ、こんな道は開けなかったかもしれない。
小学生の頃、母親に毎日「ピアノの練習しなさい」と言われ、「宿題しなさい」も「勉強しなさい」も一度も言われた記憶がないけど、「練習しなさい」は耳にタコができるくらい言われ、それでも不思議と嫌にはならずに ずっと続けてきました。あくまで音楽は趣味として生きると決めた中学時代までに、母は膨大な時間とお金を私のピアノに費やしてきたはずですが、それを辛辣に非難されなかったのは、母自身も同じ実感を抱いているからではないかと思うのです。

高校は私立の進学校に行かせてもらい、大学も音楽と無関係な県外の私立に行かせてもらい、好きな勉強をさせてもらいました。その間、ピアノのレッスンには通っていません。指が忘れないよう息抜きに弾いたり、アルバイト先や帰省した際に弾いていただけです。リズム感と耳には自信があり、ソロよりアンサンブルが好きだった私は、中高生の頃からバンド活動に興味があり、大学生になったらバンドやろうと決めていました。
息子の臨月までライブハウスのステージに立っていました。本当に練習も演奏も楽しくて楽しくて仕方なかったです。母も私の出るライブには必ず来ていました。楽器をやっていなければ、バンドやっていなければ出会えなかった仲間たちに出会い、触れられなかった生き方に触れ、立てなかったステージに立て、することがなかったかもしれない作詞や作曲もしました。ピアノが弾けなければ、自宅にピアノを置くこともなかったし、我が子にピアノを教えようだなんて思わなかったでしょう。ピアノは、親子の濃密な時間も与えてくれました。ピアノの音色は、いいものです。

歌えるだけでも、音楽は素晴らしい。体が楽器ですもの。だけど自分以外の楽器ができたら、もっと素敵でしょう?音譜 小中学校の音楽の授業・テストにだって絶対有利です!キラキラ やって損はないのです。

 

木曜日の午前中は、太極拳の稽古です。太極拳を始めて1年ちょっと、もう少しで1年半かな?

通っている同好会のメンバーは、40~70代の女性ばかり現在14名。うち2名が師範で、そのお二人に指導していただいている形です。1年未満から15年以上まで、メンバーの太極拳キャリアも幅広い。

今年10月に、やっと後輩ができました!ニコニコ 何だか嬉しい。皆さん、私より年上だけど。

 

今日は、久しぶりの稽古後ランチ会でしたお茶 個室だったし、話も弾みます。

せっかくだからと、私が「太極拳を始めたキッカケ」または「太極拳を続けている理由」というテーマを皆さんに振りました。順に話していただいたのですが、10年近く一緒にやっているのに初めて聞いたという内容も出たりして、意外と盛り上がりましたグッ 中でも興味深かったのは、3年以上続けられている方々が挙げられた「太極拳の効能」。

 

腰痛が治った

更年期障害が軽くなった

身体が柔らかくなった

骨密度が上がった

姿勢が良くなった(猫背が治った)

稽古後は気分がスッキリする・心が落ち着く

 

そして多くの方に共通していたのが、

 

風邪を引かなくなった

 

これ、すごいですよね~! 確かに私も太極拳を始めてから大風邪にはやられていないけど、元々しょっちゅう風邪でダウンしていた記憶もないので…だけど、これから嫌でも老いていくわけですから、身体が丈夫になるのは本当ありがたい拍手 ゆっくり体重移動で動き続けて体幹を鍛える太極拳は、高齢者でもできる運動だし、しかも健康効果大とあれば、私も向こう40年続けられるのを目標にしたい。師範を目指そうかしら!?

相変わらずアメブロ放置しまくりでスミマセンですあせる ちぃです、ちゃんと生きておりましたよー。

こちらは元々バンドで始めたブログだったので、今は主にライブドアブログやFacebookで発信しています。いまだバンド活動には復帰できておりませんハートブレイク

 

一方、演劇活動は首の皮一枚でつながってます。

私は20代前半から、ここ岡山のアマチュア演劇界で細々と活動しています。若い頃、少しだけ地元ミュージカル劇団に所属していたことがありましたが、本来ストレートプレイの方が好きなので、いい演出兼劇団主宰者に出会えたのをキッカケに、それ以降ストレートプレイをやらせてもらってきました。
ところが、むっちゃんを妊娠中、これまた いい演出家との出会いがあり、市民ミュージカルに関わる縁をいただきました。
この演出家お二人は、役者としての私を成長させてくれた師です。感謝しています。その方に お声を掛けていただいたお蔭で、来年4月公演のプロも参加するミュージカルに出演することになりました。

約40年前から連載が続き、いまだ完結していない人気漫画「ガラスの仮面」。数ある劇中劇の中でも印象深い、主人公マヤが狼少女を熱演した「忘れられた荒野」を、作者の美内先生ご承認の下、ミュージカル舞台化することになりました!

まだ配役すべてが決まっていないため、自分の役をオープンにできないのですが、私は全シーン通して出る役ではないので、隠れキャラのように何シーンかに出没することになろうかと思います。

稽古スケジュールがタイトになってくると生活におけるバランスが大変ですが、やっぱり私は芝居が大好き! 舞台が大好き! この気持ちに嘘がつけない。役者をやれない人生なんて、やっぱり嫌だ。お芝居がしたい。
私はマヤみたいな天才でも亜弓さんみたいな秀才でもないし、一生彼女たちのようにはなれないけど、家庭を抱える自分がどこまでやれるのか、新たな仲間たちと共に、とにかく精一杯やってみたい。

 

この舞台は、県内外から多くの方々に応援していただきたいので、一人でもガラかめファンの目に触れてもらえたらと、アメブロでも発信していくつもりです!

ここ倉敷が誇る大原美術館には、「受胎告知」(エル・グレコ)や「睡蓮」(クロード・モネ)といった世界的名画が収蔵されていますが、その多くは美術館の創立者・大原 孫三郎の多大な援助を受けていた画家・児島 虎次郎によって買い付けられたものであることは有名です。虎次郎は、現在の東京芸大を2年ほどで卒業した秀才で、「なさけの庭」という作品が宮内庁お買い上げとなったことで更に注目される画家となり、その快挙を喜んだ孫三郎が勉強のため渡欧させたことが、結果的に名画収集につながりました。
大原美術館の別館の一つに児島虎次郎記念館があるのですが、そこは年内に閉館して別の場所にリニューアルオープンされる予定になっています。たまたま夕方のテレビでその話題を見た夫が、虎次郎の絵を見たい、以前から見たいと思っていたと言い出し(ずーっと倉敷市民なのに児島虎次郎記念館があるのを知らなかったらしい…)、子どもらを小学校と幼稚園に送り出してから、夫婦で美観地区へ出掛けました車

久しぶりに、ゆったりと絵画を眺めました。本館に比べると、客も少ないのです。

当初、本館に行く予定はなかったのですが、夫が一番見たかった「和服を着たベルギーの少女」は本館入口正面に展示されていたため、本館にも入りました。何年ぶりだろう?汗
本館に入ったならば、やっぱりじっくり見なければ。そう、あの「受胎告知」!アート
何度見ても、素晴らしいドキドキ この一点のためだけでも、大原美術館を訪れる価値があります。日本にあるのが奇跡とさえ言われる、エル・グレコの「受胎告知」。虎次郎と孫三郎の英断あってこそです。