「フォーレ頌―不滅の香り―」(音楽之友社)は、日本フォーレ協会がフォーレ生誕150年にあたる1995年に編さんした、様々な著者による比較的短い論稿を集めた書籍だ。
仕事先の近くにある図書館で偶然手にとって読んだところ、巻頭の遠山一行氏の随筆「フォーレの『位置』について」が心に残った。
「晩年のフォーレは、聴覚の失われた世界で、一層大きな自由を知ることになる。(中略)そこでは恣意と自由の区別は消え失せる。それは、ほとんど独白に似て、しかも呼びかけるべき他者の存在を失わない。フォーレの音楽は、ドビュッシーやラヴェルの音楽が保っている対象性の感覚から――ほとんど無限に――遠い。」
ああ、本当にそうだ、と思う。フォーレの作品におけるほど、意識と対象が緊密に結び合っている音楽はないと感じる。
頁数にしてわずか7頁のとても短い随筆だが、音楽を言葉で読む喜びを久しぶりに感じた文章だった。
仕事先の近くにある図書館で偶然手にとって読んだところ、巻頭の遠山一行氏の随筆「フォーレの『位置』について」が心に残った。
「晩年のフォーレは、聴覚の失われた世界で、一層大きな自由を知ることになる。(中略)そこでは恣意と自由の区別は消え失せる。それは、ほとんど独白に似て、しかも呼びかけるべき他者の存在を失わない。フォーレの音楽は、ドビュッシーやラヴェルの音楽が保っている対象性の感覚から――ほとんど無限に――遠い。」
ああ、本当にそうだ、と思う。フォーレの作品におけるほど、意識と対象が緊密に結び合っている音楽はないと感じる。
頁数にしてわずか7頁のとても短い随筆だが、音楽を言葉で読む喜びを久しぶりに感じた文章だった。