令和元年の芥川賞受賞作です。
今村夏子は、『こちらあみ子』をきっかけに、疑問を感じつつ気になる作家。
芥川賞受賞作ということで、やはり読まねばと思い読みました。
『むらさきのスカートの女』は、とにかく、めちゃくちゃに面白い。
そして笑える。
今村さんはすごい笑いのセンスがあると思いました。
「私」が「むらさきのスカートの女」に突撃してショーケースに激突したり(これが実は物語を動かす重大な要素だとは・・・)、唐突に「むらさきのスカートの女」と友達になりたいと宣言し、頓狂な作戦を練りまくったり、ピンチに陥った「むらさきのスカートの女」の前に突如現れ、逃走作戦を滔々と説明し出したり・・・
思わず笑ってしまいます。
主人公の行動はどれもこれもヘンなのですが、なんともおかしい。
そして読み終わり、今度は疑問ではなく確信しました。
この作家は、描きたいものやテーマは、特にないのではないか。
確かに面白いです。
この内容で全く飽きさせずに読ませる長編(中編?)に仕上げる筆力はすごい。
ただ、人生の折々に「あの本にはこんなことが書いてあった」と思い出して糧にする、という本ではないと思います。
レビューサイトの感想も「不気味」「不穏」「怖い」みたいなものが大半で、この物語が描こうとしたものに言及しているものはほとんどないようです。
それも当然で、この作品の興味はかなり技巧的な点にあるからだと思いました。
おかしな女を観察しているはずの女自身が、どんどん「おかしな女」になっていき、最後は入れ替わる、というその構成。
それをいかに面白く描けるか、というテクニカルな興味です。
何か作者が切実に訴えたいものがあるわけではなく、文章による技巧が純粋に追及されているように感じます。
スタイルは『こちらあみ子』や『星の子』と同じです。
登場人物の主観に徹し、読者が得る情報を強く制限することで、読者は「どこかおかしい」と違和感を抱き始め、それが物語を進める動力になる仕組みです。
そこを目指したという意味では、ほとんど完璧な作品だとも思うのですが・・・
私自身は、そういうのはどちらかというとエンタメ的な面白さで、真剣に文学を読みたいと思っている人にとってはどうなんだろう?と思ってしまいます。
芥川賞ってこういう作品にも与えられる賞なのかと、意外な感じがしました。
間違いなく面白い作品を書く作家と思うのですが、いったん、今村夏子氏の作品はここで一段落でいいかな・・・と思いました。