「若者と貧困」(湯浅誠他編著) | 今日も花曇り

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検察修習も前半が終わろうかというところ。重要な判断に際しては上司の決済がないと動けないというところが、法曹三者の中では、行政庁たる検察独特の点です。「いかにも修習生っぽい」アイディアが鋳直されて最後は「いかにも検察っぽい」方針になるところは、いろんな意味でやっぱり組織だなと思います。

話題は変わりますが、『若者と貧困 いま、ここからの希望を』(湯浅誠他編著、明石書店)という本を読みました。修習をしていると、犯罪と貧困の関係を意識しないわけにはいかなくなり、貧困問題について書かれた本も少しずつ読んでいます。

この本の内容は、若者と貧困という問題について、体験を直接つづったもの、彼らを取材した番組ディレクターのレポート、貧困についての社会科学的な考察や果ては現代の世代論まで、様々な著者が様々な角度から「若者と貧困」について書いた文章を集めた、バラエティに富んだものです。

やや雑多な内容なので感想をまとめるのが難しいですが、若者の貧困に関する一般的な世論が、いまだ安易な「若者論」と「自己責任論」にとどまっている様子が、なんともやり切れない思いでした。

印象に残った箇所をひとつ。中澤陽子氏(NHK制作局ディレクター)執筆部分で、派遣切りで野宿をしながら就職活動を続ける男性が、それでもタバコを手放さないのを、野澤氏は当初「無駄遣いでは」と感じたそうです。しかし、取材を続けるうち、その男性がタバコを吸う時間をとても大切にしているのを見て、タバコを吸うことがその男性にとって、かろうじて人としての尊厳を保つ手段になっているのではと思うようになったとのことです。

なぜこれが印象に残ったのかというと、永山則夫(最高裁の「永山基準」で有名な死刑囚で、拘置所内から多くの著作を発表しました)の『土堤』という自伝的短編小説にも、貧困にあえぐN少年が「何かしら気分を和いでくれる唯一のもの」として高価な洋煙(ようもく)を吸い続ける描写があったのを思い出したからです。

貧困を考えるとき、それはお金の問題だけではなく、ケモノでもロボットでもない人間の尊厳の問題でもあるのだと思いました。