おうちにいると煩悩尽きないので文字を書くときや本を書くとき、瞑想するときはカフェに出かけます。
カフェは偉大ですね。これで昼まっからスパークリングでもグイッといければいいんですが。んなことしたら本末転倒ですがな。
どーもここあですよー。
さて、本格的にBL研究を始めようと思います。
まず今日は素敵な「同性愛」のとらえ方について紹介します。
最初にこの偉大な御方のプロフィールをご覧アレ。
稲垣足穂
この方は「少年愛」を一生を通じてテーマとしていたようで、集大成とも言われる『少年愛の美学』は是非読んでみたい作品。
さて、彼の著書の中から彼が「少年愛」もとい同性愛をどのように考えていたかを見てみようぞ。
少年愛の美学とはA感覚の一言に尽きる体系である。
A感覚とは肛門を中心とした感覚であり、これを核にエロティシズムの宇宙は構成される。
男性器の感覚はP感覚、女性器の感覚はV感覚と呼ばれるが・・・
(一部中略)
V感覚というものも、もともとA感覚から分岐して初めて成立しているものなのである。・・・
(一部中略)
膣感覚を以って腸管排泄時の快感の変容だと見る限りは、異性愛とは同性愛原理が「セックス」として展開したものだと考えないわけにはいかない。
(『密やかな教育』石田美紀著)
すげえ・・・なんだこの新感覚。(笑)
つまり、異性愛はしょせん同性愛の二番煎じという意味でしょう。稲垣さんの中では同性愛の方がより崇高な行為だったという訳だ。
更に、同性愛の中でも、彼の言葉を借りれば「Pを持たない女性同性愛」は「異性体行為の体位」を実現できないため男性同性愛よりも劣るという。
おお・・・まさに男性同性愛マンセー!ですね!
Aは排泄器官であって決して「V」には成りえない、という今のBLの共通認識をくつがえす理論ですね。
全ての快感は肛門から派生しているわけか。
しかしながら、全ての行為が「A」と「P」によって成り立つとすると、ここに「V」を使用する性交を主とする女性が入る隙はなくなってしまいますね。
彼がこの事実にどう言及しているかはまた調べますが、「女性が主体になれない」ことが「男性同性愛を客観視する女性」の形成につながった・・・と考えるのはどうだろうか。
なんだろ、女の嫉妬とでも言えばいいのかな?
性交に参加できない悔しさを垣根の影からギリギリと見つめるのだ。
だから女性は男性同性愛に興奮するのだろうか。
うーん・・・でも実際の世界では異性愛が普通だし、この一種心理的な理論が正しいかはわからん!
「なぜ女性が男性同性愛にもだえるのか」は研究しますー!
>まろんちゃん
コピーはいちおう取っていくwwwwww議論し合おうぞ
こ こ あ!