私たちが
この地球に身体を持って存在している
ということは
私たちがこの命を使って生きていけば
『しあわせにしかならない』
ということなのだ
それは
ツラいことから目を逸らすための
気休めや
ポジティブ思考であるための
アファメーションとは違う
それは
変わることのない真実なのだ
もちろん それは
私やあなた だけではない
すべてのひとに共通で
それでいて
すべてのひとで違う
私には私 あなたにはあなた
それぞれの『しあわせ』のカタチで
すべてのひとが
『しあわせにしかならない』のだ
それは ある意味
人生という道のゴールであり
誰もがそこを目指すのだが
ゴールに辿り着くことで初めて
『しあわせ』になるのではなく
ゴールを迎えて振り返ったときに
『しあわせ』だったと感じるのかもしれない
そして
その道の経路や 通るタイミング
走り抜けるスピードなどが
ひとそれぞれであり
途中
あらゆるチェックポイントを通過するときに
それぞれが
『しあわせ』を感じていくのだ
私たちはみな
『しあわせにしかならない』
そう信じて”いま”を見ると
私たちが在るのは常に
自分の『しあわせ』に続く道だ
”しあわせになる”ことは
”しあわせである”ことでもあるのだ
あなたはいま『しあわせ』ですか?
いまのあなたが『しあわせ』ならば
あなたは『しあわせにしかならない』
いまのあなたが『しあわせ』でなくても
あなた『しあわせにしかならない』
あなたが『しあわせ』になる道筋には
誰もの『しあわせ』があり
誰もが「しあわせ』に向かっている
私たちが
この地球に身体を持って存在している
ということは
私たちがこの命を使って生きていけば
『しあわせにしかならない』
ということなのだ