キッチンに潜む恐怖。 | メガネコ食堂弐号店

キッチンに潜む恐怖。

これは先ほど僕が体験した実話である。


彼岸入りの春の祝日、花粉の影響でむずむずする鼻の不快感で目が覚めた。花粉に対する防衛機構が働き、間断なくくしゃみが出る。全く嫌な季節だ。

枕元の携帯電話を起動、時刻は正午を回った位のところ。ふと感じた空腹感が昼食の準備へと僕を誘う。

一つだけ残っていたミートソースを確認するとパスタ鍋に手を伸ばす。

その時だった。

僕の目が捉えたのはキッチンに相応しくないある物体。パスタ鍋の中を動く黄色と黒の縞模様。


スズメバチだ。


背筋が凍るとは、決して比喩表現ではないようだ。背中に氷を入れられた様な冷たさ、そして全身から血の気が引くのがわかった。

一旦距離を置く。心臓のビートが跳ね上がる。実を言うと僕はあらゆる虫の中で最も苦手なのが「蜂」なのだ。その中でも危険度が高いスズメバチは最早恐怖の対象である。

恐る恐る再確認してみる。いる。

一般的にスズメバチと言えば「オオスズメバチ」という種類を想像するだろう。後から調べてわかったのたが、こいつは「アシナガバチ」と呼ばれる種類だった。オオスズメバチより大人しい性格たが、れっきとしたスズメバチである。

だが様子がおかしい。動きが緩慢なのだ。鍋の淵をよろよろと歩いてる様に見える。寒さに弱い虫類は先日の冷え込みに耐えられなかったのだろう。文字通り虫の息ってやつだ。その内鍋から床へと転げ落ちた。

少し勇気が湧いた。近くにあったペットボトルの空き容器を握る。しかしスズメバチの脅威は弱っていても決して消えるものではない。意を決して武器を打ち付ける。


バンッ!


手応えはなかったが、透明な容器のその先に姿を確認できる。まだ生きてるようだ。そのまま圧殺を試みるが下がマットであるため効果は薄いようだ。容器ごと足で押さえつけたまま、フライパンに水を張り、湯を沸かす。

程なくして沸騰した熱湯をおたまですくい、ペットボトルを離した瞬間に浴びせかけた。寒さに弱い虫類だが、熱湯は最も効果の高い撃退方であるとも言える。

一瞬の後、アシナガバチは完全に沈黙した。

勝利の余韻などというものはなく、只々安堵の溜め息が出るばかりであった。

しかし気になるのは侵入経路である。窓は閉めてあったので恐らくは換気扇からだと思われる。一匹だけだったので近くに巣がない事を願うばかりだ。



了。