一年の中で、お盆とお正月は特に憂鬱だった。
長期の休みだし、結構な量のアルコールが入りややこしくなる。
後に子供たちに
「お盆と正月っていつも喧嘩してたよね」と、言われた。。
確かに・・・
特にお正月のどこか一日は私の実家で食事をするのが恒例となっていた
私の母が料理をふるまうのが好きだったと言う理由もあるけど・・・
父は以前も触れたが早く他界していた。
一般にいうところの「上座」に座り込み・・トイレ以外は動かなくなる。
最初こそ上手く相手をしてくれていた義兄もだんだん無口になる。
母が用意していたアルコールがなくなると、私に近所のコンビニまで買いに行けと言う。
話が面白いならばともかく、ウダウダと、ただの酔っぱらいの愚痴か自慢話か誰かの悪口。
誰も得をしないし、誰も楽しくない。
ある程度の時間が来て、お開きの雰囲気が漂っていても、気が付いて無視しているのか?と思うくらい
腰を上げない。
何年も続いたが、ある年、私は母に提案した。
「もう来年からは友達と年末年始はどこかの温泉宿にでも泊まりに行きなよ!」
そこから今に至るまでは母は年末旅行を続けている。
そして、これは私の心が小さいのか何なのか・・・お年玉と称して、お互いの母親にお小遣いを渡していたが・・・
一般の?この歳の?いい大人の?大人の?息子として・・・それはどうか?
と、思う金額だったし・・なぜか私の母に渡す金額はいつもいつも・・いつも・・・義母より少なかった。
私は義母が嫌いではなかったし、上手くいってもいたから母に対しては怒りもなければ
?もなかったけれど・・この、差をつけるといった行為が許せなかった。
盆と正月は全国民が、帰省するなら実家へ!と言う制度を作ってもらいたいくらいだった。
子供は好きな方に行けばいい・・・と本気で思っていた。