今日はこれ。
『戸田家の兄妹』(とだけのきょうだい)は、1941年(昭和16年)公開の、小津安二郎監督による日本映画。
1939年7月、小津は日中戦争から帰還したが、同年から検閲の「映画法」が制定された。そのため帰還第1作として撮る予定だった『お茶漬の味』を取りやめ、作ったのがこのオールスターを揃えた大家族ドラマである
監督 | 小津安二郎 |
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脚本 | 池田忠雄 小津安二郎 |
出演者 | 佐分利信 高峰三枝子 葛城文子 斎藤達雄 |
音楽 | 伊藤宣二 |
撮影 | 厚田雄治 |
編集 | 浜村義康 |
配給 | 松竹 |
公開 | 1941年3月1日 |
上映時間 | 106分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
- 戸田進太郎 - 父:藤野秀夫
- 母:葛城文子
- 浅井千鶴 - 長女:吉川満子
- 戸田進一郎 - 長男:斎藤達雄
- 戸田和子 - 妻:三宅邦子
- 戸田昌二郎 - 次男:佐分利信
- 雨宮綾子 - 二女:坪内美子
- 雨宮 - 夫:近衛敏明
- 戸田節子 - 三女:高峰三枝子
- 時子:桑野通子
- 鈴木:河村黎吉
- きよ - 女中:飯田蝶子
- 浅井良吉 - 千鶴の子:葉山正雄
- 戸田光子 - 進一郎の子:高木眞由子
- 鰻屋の女将:岡村文子
- 昌二郎の友人:笠智衆、山口勇
- 骨董屋:坂本武、西村青児
- 写真屋:谷麗光
- 谷本夫人:森川まさみ
- その友:若水絹子、忍節子
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カラー化フル動画
「東京物語」の華族版、婆ちゃん盥回しの鬼畜ファミリードラマ。
婆ちゃん還暦、爺ちゃんタヒんで家屋敷から追い出され、息子娘家庭に居候の転々虫
女子会は修羅場の伏線
兄嫁とのバトル
長女の鬼畜芝居がほぼ「東京物語」杉村春子状態で草
別荘に避難してる母ちゃんに一緒に中国へ行こうと誘う次男(なんでやね~ん)
ところで別荘ってこれじゃね?茅ヶ崎館 - Wikipedia
昨日観た「一人息子」これが撮影機材の関係で蒲田撮影所で撮影。それで江東区ロケ。
で、次回作から大船撮影所、ということで鵠沼海岸とか鎌倉周辺のロケが多くなる。「長屋紳士録」で飯田蝶子が砂浜を歩く謎展開が腑に落ちた。
今日の映画の戸田家の兄妹、家族構成が小津監督の実家。
映画の佐分利信が自分の役。
何故に中国?それも天津?
答えはwiki
1937年7月に日中戦争が開始し、8月に親友の山中が応召されたが、小津も『父ありき』脱稿直後の9月10日に召集され、近衛歩兵第2連隊に歩兵伍長として入隊した[63][66]。小津は毒ガス兵器を扱う上海派遣軍司令部直轄・野戦瓦斯第2中隊に配属され、9月27日に上海に上陸した[66]。小津は第三小隊の班長となって各地を転戦し、南京陥落後の12月20日に安徽省滁県に入城した[67]。1938年1月12日、上海へ戦友の遺骨を届けるための出張の帰路、南京郊外の句容にいた山中を訪ね、30分程の短い再会の時を過ごした[68]。4月に徐州会戦に参加し、6月には軍曹に昇進し、9月まで南京に駐留した[66]。同月に山中は戦病死し、訃報を知った小津は数日間無言になったという[4]。その後は漢口作戦に参加し、1939年3月には南昌作戦に加わり、修水の渡河作戦で毒ガスを使用した[66]。続いて南昌進撃のため厳しい行軍をするが、小津は「山中の供養だ」と思って歩いた[69]。やがて南昌陥落で作戦は中止し、6月26日には九江で帰還命令が下り、7月13日に日本に帰国、7月16日に召集解除となった[70]。
1939年12月、小津は帰還第1作として『彼氏南京へ行く』(後に『お茶漬の味』と改題)の脚本を執筆し、翌1940年に撮影準備を始めたが、内務省の事前検閲で全面改訂を申し渡され、出征前夜に夫婦でお茶漬けを食べるシーンが「赤飯を食べるべきところなのに不真面目」と非難された[71]。結局製作は中止となり、次に『戸田家の兄妹』(1941年)を製作した。これまで小津作品はヒットしないと言われてきたが、この作品は興行的に大成功を収めた[55]。
お茶漬の味も佐分利伸が主演で上級国民役。
有閑マダムで家事一切やらない小暮美千代が普通の主婦であることに目覚めて夫婦和解、その象徴が深夜のお茶漬け。
今日の映画の戸田家は華族、鎧兜を飾ってたりして欧州貴族の日本版を狙ってるかのような。
そんな上級国民が女中さんをこき使う演出をゴリ押ししてくる。嫌な奴感Maxの上級国民様。
でもご隠居婆ちゃんを可愛らしく見せてる部分もあり、革命思想ゴリゴリパヨという訳でもなさそう。
軍務で浙江人の巣窟に行ってたせいだとは思うけど、1941年だと日本人の目は満洲に向いてたことからすると不自然。元から親米志向だったんで、もしかしたら華僑と関わってたかも。
「秋刀魚の味」(1962年)
この映画で加藤大介が「戦争に勝ってたら」というセリフに
笠智衆が「負けて良かった」
小津監督が敗戦利得者側の人間だとすると異常なまでの評価されるのも腑に落ちる。
いや、まだ何かひっかかってるけど、まあいいか。
現段階での理解として、日本の軍部は天皇陛下バンザイ派と革命バンザイ派がせめぎ合っていて、体制的には天皇陛下バンザイ派が支配していたあものの、偽装転向などで体制派に入り込んだ革命派が内部で各組織を掌握し、妙な方向へ誘導してた。
国民がイキると国論が暴走する。
マスコミによる煽りは誰かが裏で糸を引いてる陰謀だと思ってたけど、実は割と単純に視聴者の嗜好を拾って反射してるだけという気もしてる。一視聴者は自分の考えと違うものだと、自分以外が間違ってると思い込んで思考が過激になってく。気がしてる。
政治家は仕事をサボってるから必要ないという極論に至るみたいな。