相手が人であれば何も私は人を無下には致しません。長年災児について観察と考察をしながら、色々と人類という生き物を進化という側面を兼ねて、考えて来ました。
相手が人間の定義を満たした者か?
人間の社会においては鬼として、餓鬼としてしか役目を果たせない者か? 実はとても重要な事なのに…
どんなに話しても災児擁護派は若干おりました。彼らの中には全く話が通用しない方々も多々おり、彼らは決まって『面白けりゃ良い!』という場当たり的な判断により、様子のおかしな災児の下僕の道を選んだりするケースもありました。
結局は一から話さなければならなくなるのは…私も結構辛いモンがありますよ。
ではどうぞ…一度地獄を自分の目で確かめておいでなさい。としか言いようが無い。
また彼らは災児と付き合い、自分の中でホントに問題と思えてからでは無いと話しても分からないもんだと考えたんですよね。
彼らには確かに忠告を自分の意思により拭ったことを忘れずに…もぅ自己責任ですから。と最近では突き離す様にしています。
彼らの中に問題意識が生まれない以上、話は始まりようが無いのですから。
遺伝子の距離がある以上、それに既に距離が回帰性を望んでいるスイッチが入った以上は、止めても言う事聞きやしないもんです。
災児とは人間性を獲得する前の旧人類に近いと考えています。そんな旧人類の個体は現生人類を快く思っていません。災児には無い人格を有しているから。
あとは薬物中毒者と同じ原理で下僕化した取り巻きは脳内を原始的に災児に弄られ、原始性を引き出され、災児のコピー化するか❓人間に戻ろうとするか❓は別れます。だいたい自己愛はアッチに行ったままですけどね(笑)。
先入観、固定観念に縛られる頭の固い人は特にそうでした。
そもそも人間の持つ遺伝子自体が進化を望んでいない場合が圧倒的に多い為に回帰性に誘導され易いのだから。コレは注意すべき人間の弱点。
そこに道義的に正しいや間違いは通用しないのは…遺伝子は遺伝子の事情により勝手に化学変化を示してしまう事が分かっているからです。
人間の意思など到底介在できません。それだけ遺伝子の事情で引き付けあった関係の方が強いのですから。私達は遺伝子の事情による化学変化の恐ろしさを思い知るべきなのです。
私はその為、意思と遺伝子の事情を一旦、冷静に分離出来る必要性を知っているだけですが。
◎ではここで誰もが知ってるあの事件から遡って、災児についてお話ししましょう。
オウムの幹部の中に実行部隊として実行してしまった死刑囚の中に…科学的根拠の信憑性を充分に熟知した筈のインテリ層が複数居ました。
彼らの中には日本の最高学府の先鋭的な頭脳を持ち合わせていた人なんかも居ました。
そんな彼らを洗脳したのは…回帰性です。分かり易く言えば旧人のマインドは進化上、過去に通って来た道な訳です。併せるのは比較的楽なんです。…回帰性。
彼らは死刑囚となり囚われの身となってから、災児であるグルが介在しなくなった独居房で、ようやく自分を取り戻し、客観的に物事を判断出来る様になった。そして猛省して吐き出す様に本音を語り出した。
それからようやくグルを糾弾し、社会の為に本質である真相を語り出したのだ…その矢先に彼らは死刑になったのです。
法務省は全く全貌を把握しないままに、全くナンセンスで愚かな判断により、死刑を急いでしまった。災児による化学変化の第一級の資料だったのに。実に勿体無い。
あまり知られていないが…アメリカのとある大きな諜報機関がカルトの内情の第一級資料として、オウム幹部とグルの相関関係と化学変化についてデータを残そうとしていたのに。
それによりマインドCのメカニズムさへ解明出来れば、以後カルトによる犯罪も減り、事前に対処出来るガイドラインも完成出来ただろうから。
コレがホントは大事なのに。
その全貌が明らかになってからの死刑でも全然良かったのだ。法務省の言い分『平成の事件は平成で解決したい』…コレでは理に叶っていない。
面子ばかりを気にするから、愚かな判断により人間の陥り易い真相、魔の狭間についての大事な本質の部分を無下にしてしまう結果になった。
我が身の存在自体が遺伝子である以上、遺伝子の事情によりスイッチが入ったものは…自分の中の意思の云々が通用しなくなるのは何故か…
人間が意思を持ち始め、人間性を持った期間などキャリアが全然浅いからに過ぎないのだ…と私は考えています。
つまり人間性を創生する以前の野生動物としてのキャリアの方が遥かに長い。だから意思は遺伝子の事情、いわゆる本能に簡単に凌駕され易いのだから。
そして生物共通の遺伝子というもう一つの私の存在をも忘れつつあるのは、人間がずっと社会的事情のみで生きて来たせいでもある。
野生動物は病に陥っても、自分に今必要な栄養素が何か?直に理解出来ているという。だから摂取する事は可能だ。
人間にはそれは出来ない。遺伝子の事情を忘れてしまっているのは何故か?…遺伝子の距離だ。
人間が社会的事情により人間のコミュニティだけに偏重して生きて来たからだ。
そしてその始まりは…700万年前、野生界ではやっていけなかった、いつ絶滅してもおかしくない種だった事に始まる。迷いに迷い…結果、人間は人間だけに都合の良い社会を構築し、人間だけの社会的事情に囚われて来た。だから遺伝子の事情がお座なりになる。
生活環境もそうだ。今尚変わらない生活スタイルは…野生から距離を置く生活を続けている。故に野生での適応力は格段に落ちた。
…遺伝子の事情を忘れてしまったのだよ。だから突然思わぬ病で亡くなったりもするだろう。
そして人間は遺伝子の事情により、テロメアが尽きれば必ず死んでしまいます。
今となっては人類は社会的事情ばかりを気にし過ぎて、自分の遺伝子の事情なんか全くチンプンカンプンだ。そりゃあ原始寄りの災児に手玉に取られて、下僕化する方々も出てくるのは悲しいかな頷けてしまう。
神をアテにする前に自分の遺伝子の事情に理解を示すべきなのかも知れない。人間も遺伝子あって世に生まれ出た訳だから、遺伝子の事情を理解せねばならない。私は強くそう思う。