2018年、突然の引っ越し。谷根千から浅草へ。 | maple8cinnamonのブログ

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メープル・エイト・シナモンです。
テレビやWebで見たことをキッカケに、ふと昔のことを思い出したり、
今、自分のすべきことを思い付いたりする年金暮らしの日々。
お暇な方だけお付き合いいただければ幸いです。

遂に出たー。
谷根千の地を!
 
遂に、、、山手線の内側から出てしまったー。
 
そして遂に入った。
台東区にー!
 
浅草に来たー!
 

亡き母の実家があり、そして愛する妻の出身地でもある台東区。
また、友人の多くも生まれ育った親しみ深い区である。

思えば私の実家は荒川区だったが、目の前の道は区境いで、お向かいは台東区だった。
荒川区には僅か2ヵ町だけ、山手線内の町がある。

そういうレアな場所で私は生まれ育った。
当然我が家には荒川区報が届き、区民サービスの情報が伝えられるが、全ては日暮里駅の向こう側のことばかりで、関心を持つことはできなかった。
子供の頃は図書館と言えば文京区の鴎外記念図書館、高校に入ると友人と行くのは台東区の図書館だ。

そんな環境や様々な縁によって、若い時は「どうして俺は台東区じゃないんだろう?」と違和感を覚えることさえあった。
そう、今の言い方をすれば、「区同一性障害」みたいな感じ。
今年の初めまで41年住んだ文京区にもアイデンティティーを感じることはなく、終始根津から東~東南を見ていたと思う。
高校は千代田区にあったが、台東区の駅を降りて徒歩5分の間にふたつ区境いをまたいでからの千代田区、というボーダー人生だった。
 
 
これまでに比べれば浅草は区の中核をなす地域で決して端っこではない。自分の中では非常に喜ばしく思ってる。
また、殊の外嬉しいのは今まで必ず坂道を通らないとどこにも行けなかったのに、根津や谷中と違い浅草はどこまでも平坦なこと。
(もっとも今はリハビリ中なのでどこにも行けないが…)
そんな地形のせいで、谷根千住民の私にとって浅草は台東区の中では縁遠い特別な地域だった。
母の実家は御徒町だし、妻と結婚しなければ、正直地理もよく解らなかった。
その点、台東区がかつて下谷区・浅草区に分かれていたことはごく自然なことと思える。
 
 
私が昔のまま台東区への思い入れを強く持っていたら、浅草への引っ越しはあまり気の進まない選択だったかもしれない。
だが、私も世間が広くなるにつれ、変なこだわりは沢山捨ててきたので今はどこでも大丈夫だ。
むしろ、初めて区に対してアイデンティティーが持てそうな場所なので満足である。
 
それにしても年末まで入院してたのに年明け引っ越しは辛かった。
その結果妻にばかり負担がのしかかることになったのは、申し訳ない。
3か月経った今もひと部屋が使えない。(涙)