『左折可』の標識に対して認識の低いドライバーって、やはり多いんだよな~。
情けない程に…。
【赤信号でも「左折可」標示板の“なぜ”?…地元ドライバー以外にはわかりにくく、撤去されても気付かず危険な副作用も】
上の記事を書いている若い記者のように、特に若年層になるほど知らないんじゃないかな。
ちゃんと教習所で習ったじゃない?
私なんか42年前に習ったんだよ。
実は、ウチの近くにもあったんですよ。
この標識が!
撤去されたのは15年前くらいかなあ。
この記事の写真みたいに「左折可」なんて添え書きは無かったよ。
で、この標識のある交差点に行くと、赤信号の時は大抵左折車の先頭に標識の意味が分からんドライバーが停止してるんだよ。
ここの標識を最後に目撃した時もそうだったけど、後ろからクラクション鳴らしても意図は理解されず、乗っていた若者4人がコッチを見たり顔を見合わせて相談してるようなシルエットが見えた。
間もなくすると、いつものように青信号に変わって、結局『左折可』の標識は何の効力も発揮できないままに終わるのである。
そういう訳で、結局あっても意味の無い存在になってしまい、撤去の憂き目にあったのだろう。
残念だ。
警察は標識を分かり易く変えて、その意味を広く知らしめるべきだ。
渋滞解消には多少貢献できるでしょう。
ところで、冒頭に書いたように若い人ほど知らない傾向はあると思う。
若者のクルマ離れは顕著になっており、道交法への関心も相当に低いと思う。
私は免許を取ってから10数年の間に、10回位は男同士でクルマの話はしたことがある。最近は無い。
クルマの話と言っても、メカニックな事ではなく、運転法だったり、標識の解釈、違反歴、警察にこう言ったら許してくれただとか、デート向きの車種についてとか、様々である。
また、免許を取った時はまだオートマなど無い時代で、クルマの構造も原始的で単純だった。ドライバー自身が格闘すれば、大体のことが解決できる時代だったから、自らボンネットを開けることもあれば、パンクも多かったから路上でタイヤ交換したり、クルマに触ることが今より多かった。
クルマにとっても著しい発展期と重なったので、一般男性の話題になる機会は多かったかもしれない。
マニュアル車からオートマ車へ、マツダのロータリーエンジンなど燃焼効率のいいエンジンを各社追求していたし、ブランドの名に懸けてF1やパリ・ダカールラリーに参戦したり、高度経済成長期を牽引した産業だけに肯定的に語られる話題がたくさんあった。
また、昔は車種が細分化してなかったから、「国民車」と呼ばれるトヨタ「コロナ」とか、ケンとメリーの「スカイライン」とか、愛着を持って語られた伝説の大衆車が出現する素地がまだあったので、一般の注目はいやでも集まったのだろうね。
私は文系だから無縁だったけど、1964年の東京五輪辺りから自動車メーカーで働いていたら、男の仕事としては最高に楽しかったんじゃないかなあ。