2月16日開催、三岐鉄道「歴史電車」北勢線編!
車内で解説を行いますが、時間的に説明しきれないので、画像と共に補足をさせて頂きます。
その2は、桑名町駅~馬道駅です。
まずは、古地図で、路線位置と駅名をご確認頂きたいと思います。
●二万五千分一地形圖四日市近傍三號(共八面)名古屋六號桑名ノ二 (大正九年測圖)
(大正十三年十二月二十八日 大日本帝國陸地測量部發行 国土地理院提供)
●昭和九年 桑名町勢要覽(桑名町全圖)
●昭和25年 桑名市郷土地図(三重県教育局桑員出張所編集発行)
●二万五千分一地形圖名古屋六號桑名ノ二
(明治二十三年測圖之縮圖昭和十二年第三回修正測圖同三十年資料修正(行政区画))
■桑名町駅 → 桑名京橋駅 【起点距離0.0km】
所在地:桑名郡桑名町 → 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市京橋町
1915(大正4)年8月5日:開業
1948(昭和23)年9月24日:改称 → 桑名京橋駅
1961(昭和36)年11月1日:廃止
現地を辿ってみます。
画像は桑名京橋駅跡を東側から見ています。 道路の先は西桑名駅です。
画像右側中村時計店の店主さまより、ここに線路があったことを教えて頂きました。
では、西桑名駅方面へ廃線跡を歩いてみます。 右側は桑名市総合福祉会館です。
続いて、左側がアピタ桑名店、右側が桑名市総合医療センターで、正面交差点は国道1号線です。
そして、国道1号線を横断しますが、この国道1号平面交差の渋滞緩和のために桑名京橋-西桑名間が廃止となりました。 道路の先は西桑名駅です。
■大山田駅 → 西桑名駅 【桑名町起点距離0.7km】
所在地:桑名郡大山田村 → 1929(昭和4)年2月11日 町制施行により桑名郡西桑名町
→ 1937(昭和12)年3月20日 桑名郡桑名町へ編入
→ 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市寿町
1914(大正3)年4月5日:開業
1931(昭和6)年7月8日:改称 → 西桑名駅
〔1930(昭和5)年まで伊勢電気鉄道益生駅が西桑名駅だったため、町制施行と時期ずれ〕
1977(昭和52)年5月11日:現在地へ移転 ← 桑名駅前再開発により0.1km短縮
現地を辿ってみます。
画像は旧西桑名駅跡を南側から見ています。 道路の先は国道1号線交差点です。
西桑名車庫跡は、現在三交イン桑名駅前と三重交通バス車庫になっています。
現在の三重交通バス桑名駅前バスのりばあたりで北勢線は90度曲がっていたようです。
画像左端が、現在の西桑名駅です。
現在の西桑名駅です。 この線路が手前側で90度東へ曲がっていたようです。
■矢田駅(貨物) 【西桑名起点距離0.4km】
所在地:桑名郡西桑名町 → 1937(昭和12)年3月20日 桑名郡桑名町へ編入
→ 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市矢田
貨物駅のため開業時期資料が無いのですが、北勢鉄道時代の1931(昭和6)年に、星川駅からの砂利輸送を開始しており、矢田駅で北勢鉄道から国鉄関西本線への積み替えが行われてました。
1959(昭和34)年9月:廃止 ← 伊勢湾台風被害により星川砂利線廃止のため
現地を見てみます。
現在の北勢線西側、画像左側石積部分の上が矢田駅貨物側線跡です。
西桑名駅側から見ると、橋台状になっており、ここから国鉄引込線の両脇に木橋が組まれ、そこから砂利を落として積み替えていたようです。
画像中央、駐車場部分が、砂利積み替え線跡です。右側が北勢線です。
そして、北勢線は西に90度曲がり、JR関西本線・近畿日本鉄道名古屋線を高架で超えます。
しかし、近畿日本鉄道の前身伊勢電気鉄道四日市~桑名間開業は北勢線開業より後の1929(昭和4)年1月30日のため、橋台の形状が各線で異なっています。
●JR関西本線橋梁
●近畿日本鉄道名古屋線橋梁
■馬道駅 【西桑名起点距離1.1km】
所在地:桑名郡桑名町 → 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市本願寺
1914(大正3)年4月5日:開業
こちらは、開業時からの駅舎と思われます。
西桑名5号踏切から駅構内(阿下喜側)を見てみます。 途中に西桑名6号踏切があります。
ここまでが、旧桑名郡桑名町にあった駅です。
では、国土地理院の空中写真で、桑名京橋駅~馬道駅の路線を確認してみます!
●国土地理院 空中写真「USA-M86-A-6-47」(1946.3.27米軍撮影)
ここで少し余談になりますが、桑名の町には北勢線の他に「桑名電軌」という軌道線がありました。 1927(昭和2)年9月17日、現在の八間通に桑名駅前~本町間1.0km(軌間1067mm、電圧600V)が開業しました。当時の桑名市街地は桑名城跡周辺にあり関西本線桑名駅と離れていたため、路面電車で結ばれていました。
しかし、1930年代に入ると乗合自動車が始まり、桑名電軌は衰退、さらに1940年代に入ると太平洋戦争勃発で、1943(昭和18)年12月26日には「不要不急線」に指定され、翌1944(昭和19)年1月10日に廃止となりました。 残念ながら、桑名電軌も廃止から80年以上が経過し、遺構は残っていません。
北勢鉄道の絵葉書は少ないですが、繁華街を通っていた桑名軌道は絵葉書が複数残っています。
●文化店舗櫛比せる旭橋通り(北勢 桑名)
●旭橋通り(桑名)
●桑名市街(桑名名勝)
その3へ続く












































































