南野クラフト建築設計室 きまぐれ日記2 -4ページ目

南野クラフト建築設計室 きまぐれ日記2

南野クラフトのお仕事紹介!

南野クラフト建築設計室の建築模型作品などを紹介します。
ホームページはこちら!
http://www5c.biglobe.ne.jp/~n-craft/

2月16日開催、三岐鉄道歴史電車北勢線編!

車内で解説を行いますが、時間的に説明しきれないので、画像と共に補足をさせて頂きます。

 

その5は、大泉駅~上笠田駅です。

 

まずは、古地図で、路線位置と駅名をご確認頂きたいと思います。

 

二万五千分一地形圖四日市近傍三號(共八面)名古屋六號桑名ノ三 (大正九年測圖)    

  (大正十三年十二月二十八日 大日本帝國陸地測量部發行 国土地理院提供)  

  

二万五千分一地形圖名古屋六號桑名ノ三

  (大正九年測圖之縮圖昭和七年修正測圖同三十年資料修正(行政区画))

  (昭和三十年八月三十日 地理調査所發行 国土地理院提供)

 

大泉駅(初代) → 大泉東駅  【西桑名起点距離12.1km】

 

 所在地:員弁郡大泉村 → 1941(昭和16)年2月11日 員弁郡員弁町

                → 2003(平成15)年12月1日 いなべ市員弁町大泉

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 1931(昭和6)年7月8日:改称 → 大泉東駅  (大泉村と東一色村の「大泉」と「東」を取って)

 1977(昭和52)年12月6日:離合設備廃止

 2004(平成16)年4月1日:廃止 → 大泉駅(二代)開業による

 

東員11号踏切北西側が駅舎跡

駅廃止前は線路東側ホームのみになってましたが、1977年の離合設備廃止までは対面ホームと中線がありました。

現在は、駅舎跡に道路が整備されて、近隣の宅地造成が始まっています。

ちょっと解りにくいですが、阿下喜側350mほど先東側に大泉駅(二代)が見えています。

 

大泉駅(二代) 【西桑名起点距離12.4km】

 所在地:いなべ市員弁町大泉

 2004(平成16)年4月1日:開業 → 大泉東駅・長宮駅を統合による

 
駅舎北側には、地元農産物販売施設「ふれあいの駅うりぼう」が併設されています。

島式ホームで離合可能です。 ホームは改軌に対応した設計になっています。

 

長宮駅 【西桑名起点距離12.9km】

 所在地:員弁郡大泉村 → 1941(昭和16)年2月11日 員弁郡員弁町

                → 2003(平成15)年12月1日 いなべ市員弁町大泉字長宮

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 1962(昭和37)年9月9日:移転 → 両端踏切によりホーム延伸不可のため阿下喜側へ

 2004(平成16)年4月1日:廃止 → 大泉駅(二代)開業による                  

 

大泉2号踏切南東側が移転前駅舎跡

画像手前架線柱と2本目架線柱の間に旧ホームがありました。 

また、手前架線柱の桑名側に踏切(現廃止)があり、ホーム延伸が不可でした。

続いて、大泉2号踏切北西側が移転後駅舎跡

また、北勢線東側の長宮公園には、駅名板が残されています。

 

畑新田駅 【西桑名起点距離14.1km】

 所在地:員弁郡大泉原村(旧畑新田) → 1941(昭和16)年2月11日 員弁郡員弁町

                   → 2003(平成15)年12月1日 いなべ市員弁町石仏 

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 1944(昭和19)年7月1日:休止 → 戦時困難による

 1969(昭和44)年5月15日:廃止

 

駅廃止から既に50年以上経過しており、全く遺構は無いですが、大泉7号踏切北東側の空地が駅跡と思われます。

当時は、離合可能で北側線路のみホームがあったようで、貨物列車と離合させていたようです。

 

楚原駅 【西桑名起点距離14.4km】

 所在地:員弁郡大泉原村(旧楚原村) → 1941(昭和16)年2月11日 員弁郡員弁町

                  → 2003(平成15)年12月1日 いなべ市員弁町楚原 

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 

現在駅舎は、近鉄時代の1992(平成4)年9月22日に建て替えられたものです。

現在は対面式ホームのみになってますが、かつては南側空地に1線と貨物側線1線がありました。

楚原駅までが1914(大正3)年の開業で、ここから先は2年後の1916(大正5)年8月6日の開業で、お馴染み「ねじり橋・めがね橋」こと「六把野井水拱橋・明智川拱橋」があります。

 

六把野井水拱橋

明智川拱橋

 

上笠田駅 【西桑名起点距離16.1km】

 所在地:員弁郡笠田村(旧上笠田村) → 1941(昭和16)年2月11日 員弁郡員弁町

                 → 2003(平成15)年12月1日 いなべ市員弁町上笠田 

 1916(大正5)年8月6日:開業 

 1977(昭和52)年12月6日:離合設備廃止

 2006(平成18)年4月1日:廃止

 

廃止直前の上笠田駅(2006.3.17)

大泉7号踏切北東側が駅舎跡

駅廃止前は線路東側ホームのみになってましたが、1977年の離合設備廃止までは島式ホームがありました。 現在も、踏切脇の水路に離合時代の橋台が残っています。

現在は駅跡が曲線改良されています。

ここまでが、員弁郡(現いなべ市)員弁町の駅です。

 

その6へ続く

2月16日開催、三岐鉄道歴史電車北勢線編!

車内で解説を行いますが、時間的に説明しきれないので、画像と共に補足をさせて頂きます。

 

その4は、星川駅~大木駅です。

 

まずは、古地図で、路線位置と駅名をご確認頂きたいと思います。

 

二万五千分一地形圖四日市近傍七號(共八面)名古屋六號桑名ノ四 (大正九年測圖昭和七年修正測圖) 

  (昭和十年七月三十日 大日本帝國陸地測量部發行 国土地理院提供)

  二万五千分一地形圖四日市近傍三號(共八面)名古屋六號桑名ノ三 (大正九年測圖)    

  (大正十三年十二月二十八日 大日本帝國陸地測量部發行 国土地理院提供)  

  二万五千分一地形圖四日市近傍三號(共八面)名古屋六號桑名ノ二 (大正九年測圖)   

  (大正十三年十二月二十八日 大日本帝國陸地測量部發行 国土地理院提供)  

 

二万五千分一地形圖名古屋六號桑名ノ四

  (明治二十三年測圖之縮圖昭和十二年第三回修正測圖同三十一年資料修正(行政区劃))

  (昭和三十年一月三十日 地理調査所發行 国土地理院提供)

  二万五千分一地形圖名古屋六號桑名ノ三

  (大正九年測圖之縮圖昭和七年修正測圖同三十年資料修正(行政区画))

  (昭和三十年八月三十日 地理調査所發行 国土地理院提供)

  二万五千分一地形圖名古屋六號桑名ノ二

  (明治二十三年測圖之縮圖昭和十二年第三回修正測圖同三十年資料修正(行政区画))

  (昭和三十年一月三十日 地理調査所發行 国土地理院提供)

 

星川駅(三代) 【西桑名起点距離5.5km】

 所在地:桑名市星川

 2005(平成17)年3月26日:開業 

           → 坂井橋駅移転の形で、0.5km阿下喜側のスーパー駐車場へ 

 

三岐鉄道移管後に新設の駅舎は改軌に対応したホームになっています。

 

星川駅(初代・二代) 【西桑名起点距離5.7km】

 所在地:員弁郡七和村(旧星川村) 

            → 1951(昭和26)年3月2日 桑名市編入、桑名市星川

 1914(大正3)年4月5日:開業

 1916(大正5)年5月10日:廃止 

 1927(昭和2)年9月8日:再開業 → 貨物駅として再開

 1932(昭和7)年11月1日:旅客化

 1944(昭和19)年7月1日:休止 → 戦時困難による

 1969(昭和44)年5月15日:廃止

 

駅廃止から既に50年以上経過しており、全く遺構は無いですが、星川2号踏切西の北側空地が駅跡、南側空地が砂利線跡です。 

南側の砂利線は、画像手前側へ進み、嘉例川に沿って南へ曲がり、弁天川を渡って員弁川河川敷を西向きに引き込まれていました。 員弁川の砂利輸送は1959(昭和34)年9月の伊勢湾台風で被災するまで続きました。

では、国土地理院の空中写真で、星川砂利線跡を確認してみます!

 

国土地理院 空中写真「USA-R1253-88」(1948.4.6米軍撮影)

 

七和駅 【西桑名起点距離6.9km】

 所在地:員弁郡七和村(旧芳ケ崎村) 

            → 1951(昭和26)年3月2日 桑名市編入、桑名市芳ケ崎

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 1963(昭和38)年3月23日:移転 → 0.1km阿下喜側へ

           1962(昭和37)年4月5日新設の桑名工業高校利用者増対応による

 

近鉄時代に建てられた駅舎(2003.3.15)

三岐鉄道移管後に改修されています。

では、旧駅舎跡へ行ってみます。 旧駅舎は星川6号踏切と7号踏切の間にありました。

星川6号踏切側から見てみます。

奥に見えているのが現在の七和駅です。 当時も離合駅でしたが、ホームは対面式でした。

※ 員弁郡七和村(芳ケ崎村・森忠村・星川村・巌新田・嘉例川村・五反田村・大仲新田)

 

ちなみに、七和駅構内には、偶然ですが7キロポスト(距離標)があります!

ここまでが、桑名市の駅です。

 

穴太駅 【西桑名起点距離8.0km】

 所在地:員弁郡神田村(旧穴太村) 

            → 1954(昭和29)年11月3日 員弁郡東員村

            → 1967(昭和42)年4月1日 員弁郡東員町筑紫

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 

近鉄時代に建てられた駅舎(2005.8.31) 当時は北側に駅舎がありました。

現在の駅舎は、三岐鉄道移管後の2005(平成17)年9月1日に建て変わりました。

旧駅舎跡は通路になっています。

 

六把野駅 【西桑名起点距離9.1km】

 所在地:員弁郡神田村(旧六把野新田) 

             → 1954(昭和29)年11月3日 員弁郡東員村

             → 1967(昭和42)年4月1日 員弁郡東員町六把野新田

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 2005(平成17)年3月26日:廃止 → 東員駅開業による

 

廃止直前の六把野駅(2005.3.6)

穴太5号踏切南西側が駅舎跡

 

東員駅 【西桑名起点距離9.7km】

 所在地:員弁郡東員町山田

 2005(平成17)年3月26日:開業 → 六把野駅・北大社駅を統合による

 
北勢線の中枢で、駅舎には運転司令室・乗務員宿舎が設置されています。
島式ホームの他、留置線が2本設けられています。 ホームは改軌に対応した設計になっています。

また、施設区の作業スペースも設置されています。

 

北大社駅 【西桑名起点距離10.3km】

 所在地:員弁郡稲部村(旧大木村) 

            → 1954(昭和29)年11月3日 員弁郡東員村 

            → 1967(昭和42)年4月1日 員弁郡東員町大木

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 1977(昭和52)年5月:車庫移転 ← 西桑名車庫廃止

 2005(平成17)年3月26日:廃止(信号場化) → 東員駅開業による

 

廃止直前の北大社駅(2005.3.6)

ホームは当初島式でしたが、北大社に車庫が移転した際に南側にホームが追加され3番線に当駅発着列車が入り、車庫への入出庫が行われていました。 現在は信号場化されてホームが撤去されています。画像左側が北大社車両区への入出庫線です。

旧駅舎向かいの駐車場には、当時の駅名板が残されています。

旧駅舎跡西隣には、電化時に設置された現在北勢線唯一の北大社変電所があります。

さらに車両区の留置線が拡がっています。

では、北大社車両区へ行ってみます。

車両区での見所としては、やはり北勢電気鉄道時代に製造された貨車を流用した仮台車ですね!

現在クモハ273検査中で、こちらの仮台車が該当です。

台枠には「昭和十六年製造 北勢電気鉄道」と銘板が残っています。

また、1931(昭和6)年に製造された20形電気機関車の台車が、車両区のホイストクレーン点検用の錘として現在も利用されています。 そのためモーターも付いたままです。

 

大木駅 【西桑名起点距離11.4km】

 所在地:員弁郡稲部村(旧大木村) 

            → 1954(昭和29)年11月3日 員弁郡東員村 

            → 1967(昭和42)年4月1日 員弁郡東員町大木

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 1944(昭和19)年7月1日:休止 → 戦時困難による

 1969(昭和44)年5月15日:廃止

 

駅廃止から既に50年以上経過しており、全く遺構は無いですが、東員7号踏切北東側の空地が駅跡と思われます。

ここまでが、員弁郡東員町の駅です。

 

その5へ続く

2月16日開催、三岐鉄道歴史電車北勢線編!

車内で解説を行いますが、時間的に説明しきれないので、画像と共に補足をさせて頂きます。

 

その3は、西別所駅~六把野駅です。

 

まずは、古地図で、路線位置と駅名をご確認頂きたいと思います。

 

二万五千分一地形圖四日市近傍三號(共八面)名古屋六號桑名ノ二 (大正九年測圖) 

  (大正十三年十二月二十八日 大日本帝國陸地測量部發行 国土地理院提供)

二万五千分一地形圖名古屋六號桑名ノ二

  (明治二十三年測圖之縮圖昭和十二年第三回修正測圖同三十年資料修正(行政区画))

  (昭和三十年一月三十日 地理調査所發行 国土地理院提供)

 

西別所駅 【西桑名起点距離2.0km】

 所在地:桑名郡在良村(旧西別所村) 

               → 1951(昭和26)年3月2日 桑名市編入、桑名市西別所

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 2009(平成21)年2月:西別所変電所廃止

 

現在の駅舎は、三岐鉄道移管後の2004(平成16)年3月25日に建て変わりました。

線路北側の空地が西別所変電所跡地です。

 

稗田前駅 【西桑名起点距離2.8km】

 所在地:桑名郡在良村(旧稗田村) 

             → 1951(昭和26)年3月2日 桑名市編入、桑名市西別所

               稗田地区に無いため、稗田「前」としたと思われる

 1938(昭和13)年5月3日:開業 

 1944(昭和19)年7月1日:休止 → 戦時困難による

 1969(昭和44)年5月15日:廃止

 

駅廃止から既に50年以上経過しており、全く遺構は無いですが、西別所3号踏切北西側の空地が駅跡と思われます。

 

蓮花寺駅 【西桑名起点距離3.3km】

 所在地:桑名郡在良村(旧蓮花寺村) 

            → 1951(昭和26)年3月2日 桑名市編入、桑名市蓮花寺

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 2008(平成20)年12月1日:移転 

            → 0.1km阿下喜側の桑名市在良地区市民センター駐車場へ

 

現在の駅舎は、三岐鉄道移管後の2008(平成20)年12月1日に建て変わりました。

では、旧駅舎跡へ行ってみます。 旧駅舎は西別所5号踏切北東側空地にありました。

旧駅舎のあった西別所5号踏切から、130mほど阿下喜側へ移転した新駅を見てみます。

 

在良駅 【西桑名起点距離4.1km】

 所在地:桑名郡在良村(旧額田村) 

             → 1951(昭和26)年3月2日 桑名市編入、桑名市額田

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 

現在の駅舎は、三岐鉄道移管後の2006(平成18)年12月27日に建て変わりました。

現在は島式ホームになってますが、かつてはこのホーム位置に中線があり、対面式ホームでした。

 

坂井橋駅 【西桑名起点距離5.0km】

 所在地:桑名郡在良村(旧額田村) 

            → 1951(昭和26)年3月2日 桑名市編入、桑名市額田

               桑名郡と員弁郡の「境」に架かる員弁川「坂井橋」に由来

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 2005(平成17)年3月26日:廃止 → 星川駅(2代目)開業による

 

廃止直前の坂井橋駅(2005.3.6)

在良5号踏切南東側空地が駅舎跡 

さらに、かつては交換駅で対面式のホームがあったようです。

ここまでが、旧桑名郡在良村にあった駅です。

 

その4へ続く

2月16日開催、三岐鉄道歴史電車北勢線編!

車内で解説を行いますが、時間的に説明しきれないので、画像と共に補足をさせて頂きます。

 

その2は、桑名町駅~馬道駅です。

 

まずは、古地図で、路線位置と駅名をご確認頂きたいと思います。

 

二万五千分一地形圖四日市近傍三號(共八面)名古屋六號桑名ノ二 (大正九年測圖) 

  (大正十三年十二月二十八日 大日本帝國陸地測量部發行 国土地理院提供)

昭和九年 桑名町勢要覽(桑名町全圖)

昭和25年 桑名市郷土地図(三重県教育局桑員出張所編集発行)

二万五千分一地形圖名古屋六號桑名ノ二

  (明治二十三年測圖之縮圖昭和十二年第三回修正測圖同三十年資料修正(行政区画))

  (昭和三十年一月三十日 地理調査所發行 国土地理院提供)

 

桑名町駅 → 桑名京橋駅 【起点距離0.0km】

 所在地:桑名郡桑名町 → 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市京橋町

 1915(大正4)年8月5日:開業

 1948(昭和23)年9月24日:改称 → 桑名京橋駅

 1961(昭和36)年11月1日:廃止  

 

現地を辿ってみます。

 

画像は桑名京橋駅跡を東側から見ています。 道路の先は西桑名駅です。

画像右側中村時計店の店主さまより、ここに線路があったことを教えて頂きました。

では、西桑名駅方面へ廃線跡を歩いてみます。 右側は桑名市総合福祉会館です。

続いて、左側がアピタ桑名店、右側が桑名市総合医療センターで、正面交差点は国道1号線です。

そして、国道1号線を横断しますが、この国道1号平面交差の渋滞緩和のために桑名京橋-西桑名間が廃止となりました。 道路の先は西桑名駅です。

 

大山田駅 → 西桑名駅 【桑名町起点距離0.7km】

 所在地:桑名郡大山田村 → 1929(昭和4)年2月11日 町制施行により桑名郡西桑名町

              → 1937(昭和12)年3月20日 桑名郡桑名町へ編入

              → 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市寿町

 1914(大正3)年4月5日:開業

 1931(昭和6)年7月8日:改称 → 西桑名駅

  〔1930(昭和5)年まで伊勢電気鉄道益生駅が西桑名駅だったため、町制施行と時期ずれ〕

 1977(昭和52)年5月11日:現在地へ移転 ← 桑名駅前再開発により0.1km短縮 

 

現地を辿ってみます。

 

画像は旧西桑名駅跡を南側から見ています。 道路の先は国道1号線交差点です。

西桑名車庫跡は、現在三交イン桑名駅前と三重交通バス車庫になっています。

現在の三重交通バス桑名駅前バスのりばあたりで北勢線は90度曲がっていたようです。

画像左端が、現在の西桑名駅です。

現在の西桑名駅です。 この線路が手前側で90度東へ曲がっていたようです。

 

矢田駅(貨物) 【西桑名起点距離0.4km】

 所在地:桑名郡西桑名町 → 1937(昭和12)年3月20日 桑名郡桑名町へ編入

              → 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市矢田

 貨物駅のため開業時期資料が無いのですが、北勢鉄道時代の1931(昭和6)年に、星川駅からの砂利輸送を開始しており、矢田駅で北勢鉄道から国鉄関西本線への積み替えが行われてました。 

 1959(昭和34)年9月:廃止 ← 伊勢湾台風被害により星川砂利線廃止のため 

 

現地を見てみます。

 

現在の北勢線西側、画像左側石積部分の上が矢田駅貨物側線跡です。

西桑名駅側から見ると、橋台状になっており、ここから国鉄引込線の両脇に木橋が組まれ、そこから砂利を落として積み替えていたようです。

画像中央、駐車場部分が、砂利積み替え線跡です。右側が北勢線です。

そして、北勢線は西に90度曲がり、JR関西本線・近畿日本鉄道名古屋線を高架で超えます。

しかし、近畿日本鉄道の前身伊勢電気鉄道四日市~桑名間開業は北勢線開業より後の1929(昭和4)年1月30日のため、橋台の形状が各線で異なっています。

 

JR関西本線橋梁

近畿日本鉄道名古屋線橋梁

 

馬道駅 【西桑名起点距離1.1km】

 所在地:桑名郡桑名町 → 1937(昭和12)年4月1日 市制施行により桑名市本願寺

 1914(大正3)年4月5日:開業 

 

こちらは、開業時からの駅舎と思われます。

西桑名5号踏切から駅構内(阿下喜側)を見てみます。 途中に西桑名6号踏切があります。 

ここまでが、旧桑名郡桑名町にあった駅です。

 

では、国土地理院の空中写真で、桑名京橋駅~馬道駅の路線を確認してみます!

 

国土地理院 空中写真「USA-M86-A-6-47」(1946.3.27米軍撮影)

 

 ここで少し余談になりますが、桑名の町には北勢線の他に「桑名電軌」という軌道線がありました。 1927(昭和2)年9月17日、現在の八間通に桑名駅前~本町間1.0km(軌間1067mm、電圧600V)が開業しました。当時の桑名市街地は桑名城跡周辺にあり関西本線桑名駅と離れていたため、路面電車で結ばれていました。

 しかし、1930年代に入ると乗合自動車が始まり、桑名電軌は衰退、さらに1940年代に入ると太平洋戦争勃発で、1943(昭和18)年12月26日には「不要不急線」に指定され、翌1944(昭和19)年1月10日に廃止となりました。 残念ながら、桑名電軌も廃止から80年以上が経過し、遺構は残っていません。

 

北勢鉄道の絵葉書は少ないですが、繁華街を通っていた桑名軌道は絵葉書が複数残っています。

 

文化店舗櫛比せる旭橋通り(北勢 桑名)

旭橋通り(桑名)

桑名市街(桑名名勝)

 

その3へ続く

2月16日開催、三岐鉄道歴史電車北勢線編!

車内で解説を行いますが、時間的に説明しきれないので、画像と共に補足をさせて頂きます。

 

第2回のテーマは「旧駅・未成線」ということで、今回は北勢線でも開催となりました。

 

北勢線の概要

 北勢線は、全線単線、軌間762mm、直流750Vの電化路線で、JR関西本線・近鉄名古屋線桑名駅に隣接する西桑名(三重県桑名市)と阿下喜(三重県いなべ市)の間20.4kmを結んでいます。
 員弁郡は、江戸時代より政治・経済的に桑名の城下町と強く結びついており、その交流の動脈は員弁川の高瀬舟や濃州道の人力車・馬車でした。1910(明治43)年4月の軽便鉄道法、翌年3月の軽便鉄道補助法が公布されると、員弁川・濃州道沿いの各町村間で鉄道敷設の気運が高まり、1912(大
正元)年8月に北勢鉄道株式会社が設立されました。
 1914(大正3)年4月5日、北勢鉄道として大山田(現:西桑名)~楚原間14.5kmが開通。翌年8月に桑名町~西桑名間0.7km、1916(大正5)年8月に楚原~阿下喜東(後の六石、現在廃止)間4.6kmと次々に延伸されました。そして、三岐鉄道三岐線)の開業1931(昭和6)年7月と時を同じくして、阿下喜東~阿下喜間1.4kmが延伸され、全線電化(直流600V)されました。1934(昭和9)年6月に北勢電気鉄道に改称されています。
 1944(昭和19)年2月の戦時統合で北勢電気鉄道・神都交通・三重鉄道・松阪電気鉄道・志摩電気
鉄道・三重乗合・伊賀自動車が合併し三重交通となり、同年3月に旧北勢電気鉄道路線は「北勢線」とされました。
 戦後になると、1954(昭和29)年10月に電車線電圧を600Vから750Vへ昇圧しています。そして、1961(昭和36)年11月に桑名京橋(旧:桑名町)~西桑名間を廃止、1964(昭和39)年2月に
三重交通から鉄道部門が分離されて三重電気鉄道と改称、さらに翌年4月に近畿日本鉄道と合併しました。
 その後、長らく近畿日本鉄道北勢線として営業されてきましたが、2000(平成12)年7月に近畿日本鉄道北勢線事業廃止を表明、2002(平成14)年3月に国土交通省へ事業廃止届が出されました。そして、同年6月に桑名・員弁広域連合が三重県知事に対し北勢線存続に対する支援要望を出しました。その結果、三重県から北勢線存続に向けての支援回答があり、同年9月に三岐鉄道に対して正式な北勢線運行依頼があり、三岐鉄道北勢線運行引き継ぎを決定しました。
 翌2003(平成15)年1月8日に近畿日本鉄道三岐鉄道が国土交通省へ、近畿日本鉄道から三岐鉄
への事業譲渡譲受認可申請を提出、同年3月6日に認可され、3月31日をもって近畿日本鉄道北勢
は営業終了し、翌4月1日から三岐鉄道北勢線の営業が始まり、三岐鉄道としては20年が過ぎ、昨年4月5日には110周年を迎えました。

 

北勢線開業時に建設された関西線跨線橋を渡る200系

阿下喜駅前に静態保存される、元北勢鉄道モハニ50形の近鉄モニ226と並ぶ200系

 

続いて、北勢線の駅解説に進む前に、全駅を紹介してみます。

下図は一番路線長が長かった第二次世界大戦前後の三重交通時代の路線配線略図です。

ここには現在廃止されている駅が複数掲載されているので、こちらを主に解説を進めていきます。

ただ、戦前に休止された駅は流石に画像資料は残っていないため、現在地の様子をご覧頂ければと思います。

 

北勢鐵道電車時刻表(昭和七年十月改正)

当時は、上下列車30分間隔で電車が走っていたようですね。

 

その2へ続く