花束みたいな恋をしたを観て

こちらあみ子を読みました

めちゃくちゃ好きでした


いわゆる
少し変わった人の話が3つ書かれてます


人と変わっているというのは
ざっくり分けて

憧れる変わった人と
嫌煙される変わった人
がいると思ってて


人と変わってる点というのは

感覚や価値観、常識観に
偏りや少数派と思われる面が見られることだと思ってて


万人に好かれる人がいない(とぼくは思ってます)以上、
誰しもが変わってて、
変わってる点を備え持ってるって思います



つまり

誰もが誰かの憧れになりうる顔を持ってて
誰もが誰かから煙たがられる顔を持ってるかもってことで


だからこそ

自分の ある顔を見せることで
誰かに煙たがられるかもって思ってしまうと

その顔を隠して無いものにしてしまって
自分が少し自分じゃなくなるというか
自分の一部が消えてしまうことになっちゃうので


もし

その消してしまった自分の顔が
誰かに憧れる顔だったら

誰かにとっては
憧れられたはずの一人が世界から消えてしまうことになるので

とても悲しいことのように思います




息継ぎ




だから
こちらあみ子を読んで
自分の隠してた顔の存在に気づいて
ありのままの自分を思い出して

それを何不自由なく堂々と露わにする3人の少し変わった人を見たら

人と変わってるところに憧れてしまうこと
自分にも 人に憧れられる顔があったことに
気づいちゃう気がします




だからぼくは

煙たがられちゃわないように
自分の顔を隠すことで
誰かから憧れられる自分を殺すくらいなら

誰かから煙たがられてでも
誰かにとって憧れたいって思える存在になりたい

とまでは思わないけど
一旦憧れられるかもと思ってまずありのままの顔をさらけ出して
煙たがられそうなら隠してって
繰り返しコツコツ顔を出し隠ししよって

気合いが入りました



誰かの背中を押すような

誰かの隣に寄り添うような

誰かの光になるような


そんな素敵な
少し変わった3人に出会えますこれ