「うつかもしれない」 そう思ったのは、TVを観ていた時のこと。


出演している女性が、今の私ととてもよく似たことで苦しんでいた。


原因不明の倦怠感、頭痛、肩こりという肉体的症状や


主婦として、家事がこなせないことへの申し訳ないと思う気持ちや


自分に対する情けなさ・・・・・・。



「子供は?」という、友達や親戚などの言葉へのプレッシャー。


(事情を知らない人たちだから仕方ないけれど、流産した時の記憶がよぎる。)



私は、ここ数ヶ月、自分にとても劣等感があった。


同期の友達は、バリバリ働いていたり、しっかり育児をこなしている。


なのに、私は顎関節症や原因不明の首や肩の痛みで病院通い・・・・。


子供は、その治療薬を飲んでいるので難しい。


それなら、せめて家事は一生懸命やろう。 元々家事は好きで、料理は特に好きだった。


そう思っても、最近はメニューが思いつかない。


掃除も順序よくできない。


あれ程好きだったお風呂が、困難なことに感じること。



私は、その番組で紹介されたホームページにアクセスしてみた。


そこは、同じような悩みを抱える主婦の方が意見を交換していた。


掲示板に書き込みするのに、とても時間がかかってしまった。


書いて、消して・・・・。また書いて・・・・・。


思うように、言葉に表現できなかったというのも理由だけど、


一番は、過去に両親に言われたように 「サボりだ」 といわれるのではないか、


友達が言ったように 「あんたが?何で?」 といわれるのではないか・・・・。


と、変に過敏になってしまっていたからだった。



それでも、何か原因がわかればいい。 そう思いやっと投稿できた。


私の想像とは全く逆で、色々なアドバイスをいただけた。


「大丈夫ですよ。心療内科に行ってみてはいかがですか?」


「大丈夫ですよ」 その一言に、私は凄く救われた気がして涙が出た。


他にも、肩や首の痛みの情報や人付き合いについてもアドバイスを頂き


情報交換ができたし、一人ではないと実感できた。


家事のこなしかたなども紹介されていて、メモをした。



私は、顎関節症の診察日に担当医に話そうと決めた。


この病院には、月に1~2度通院している。


担当医は、私が診察室に入ると直ぐに 「調子、よくなさそうだね」と言った。


私は、今の自分の状態を話した。担当医は、熱心に話を聞いてくれて


最後にアゴの開口数を測り、


「今まで通院してきて、口の開き方(開口数)も一番よくないね。

 

 この病気は、メンタル面も影響している場合もあるからね。


 嫌だという気持ちがないのなら、行ってみましょう。


 そういうケアをしてくれる病院を紹介します」



そう言って、心療内科を紹介してくれた。


予約は、お盆を挟んでいることもあり少し先になったけれど


二週間待ちということも、ざらだとHPに書いてあったので予想していた。



あと数日で、診察日になります。


また、結果をご報告したいと思います。




























花火大会

朝から相変わらず肩と首が痛くて・・・・・。 


でも、洗濯だけはすると決めていたので。 本当は、やることはもっとあるのになしょぼん


できない自分に、朝から自己嫌悪。・・・・こんな考えはダメなんだろうけど。



昨日、近所の湖で花火打ち上げ花火がありました。


私の夫は、サービス業なのでお盆もお仕事です。


なので、「花火だけど見れないねしょぼん汗


と、最初は諦めていました。家から少し出た道で見られるそうですが、


今、私は一人で外に出るのが怖い状態で・・・・・・。


それに、新天地で初めて近くで見れる花火。 やっぱり夫と見たい。



打ち上げ場所の湖周辺は勿論、家の周囲も人が多いと夫から聞いてガーン汗


花火の時間が近づくと、楽しそうな声、騒ぐ声がアパートの前の道から聞こえてきました。


TVのボリュームをテレビ上げて、それをシャットダウン雷するという小さな抵抗をする私汗


すると、夫から携帯が・・・・・・。



夫 「花火の音聞こえる?仕事場からも聞こえるよ」


私 「うん・・・。あれ?仕事は?」


夫 「もう、切り上げてきた。家の前の道、少し行った所で見えると思うよ。行くか?」



驚きました。 絶対一緒に見れないだろうなぁと思っていたので。


帽子をかぶって、顔を隠して(化粧をほとんどしてない状態だったので)着替えて出かけました。


湖が見渡せる徒歩2分程の道まで出ました。 人も少なくて、ほっDASH!


距離は離れていますが、綺麗に見えました打ち上げ花火キラキラ



多分、夫は私が塞ぎこんでいるのを見て、仕事を切り上げてきてくれたんだと思います。


わかってくれない・・・・なんて、思ってごめんねしょぼん汗


「ごめんね」 と私が言うと、夫は一言 「そんなときは、ありがとうやで」 



ありがとう。旦那様。 















前回の続きになるのですが。


思えば私は子供の頃から、自分を偽る傾向がありました。


私の両親は、自営業で根っからの商売人でした。


「下を見るな。上を見ろ。強くなくてはいけない」


と、常に向上心と競争心が人より強く、私もそう育てられました。


下を見るな。とよく言われたのは、学校や部活の成績です。



部活で県で4位になった時も、「まだ、上に3人いる。満足するな」


学校での成績を見ても、「あと少しで満点なのに、満足なんてするな」


褒められたことは、あまり記憶にはありません。


私は両親を尊敬していたし、期待に答えるべきだと思っていたので


自分なりに必死に努力しました。


何より、両親に失望されたくなかったのです。



中学2年の時、部活の試合の前日吐き気で起きれませんでした。


病院で診察を受け、薬をもらって飲むと吐き気はおさまりました。


そのまま、学校に送っていてもらうと母も一緒に車を降りました。


先生に、事情を話すというので一緒に職員室に行きました。


当時、担任と部活の顧問が同じでした。母はその担任(顧問)に


「プレッシャーに弱いのか、それで体調を崩したみたいで。」と言いました。


「そうですか。もう大丈夫なんですか?」という担任(顧問)に母は


「ええ、こんなの甘えですよ。逃げているだけですから」



私は、この瞬間から絶対に弱みを見せてはいけないと思った。


体調を崩せば「甘え」や「逃げ」なんていわれる。


精神的にも、肉体的にも強くなくてはいけない。



今も、その母の言葉を思い出す。


今、自分は逃げているのだろうか?


人より、我慢ができないだけなのか?


甘えているのだろうか?


と自責の念に駆られる。



私は、両親を、母を責めているわけではありません。


母のいうように、精神的にも肉体的にも強くいてほしい。


そんな風に、親が子を思うのはもっとものことだと思うから。




家事もおろそか。一人での外出ができない今の私になってからは、


就職先でできた友達たちから、全く連絡はない。


今までのように相談に乗れない私は必要ないのだろう。


今までのように明朗で活発でないと必要ないのだろう。



夫は、理解を示してくれているようだけれど、


今の私を病気だとは認めたくないのだと思う。


私が原因不明の肩や首の痛み、顎関節症の悪化。


倦怠感、家事ができない、一人で外出できない等の症状が出たとき


偶然TVで、同じような症状の人と、その人の支えであるサイトを紹介していた。



私は、そのことを夫に伝えた。 そのときの私には、救いに見えた。


もう、病院でも原因のわからない苦しみに耐えるのはイヤだ。


もしかしたら・・・という可能性が、久しぶりに見えた気がした。


でも、夫は「お前は影響されやすいから決め込むな」


と、話をほとんど聞いてくれなかった。


夫も、皆と同じように私が強くなくては認めてはくれないんだ。



その日は、何もかもから見放された気がして朝型まで眠れなかった。














 

 

 






私は、もともと「顎関節症」というアゴの病気でした。

この病気は、さまざまな症状があるのですが代表されるのは

1、アゴが開けるたびに音がする。

2、クチが開き辛くなる。

3、顔面、アゴ周辺が痛む。

の3つです。(1から順になる場合が多いです)


私は、長年この症状に悩んでいました。

まず、不自由なのはクチがあかないこと。

酷い時は、歯ブラシが入りません。ここ数年は硬いものを噛めなくなりました。


口腔外科に通い、筋肉を和らげクチが空く助けをする薬を飲んだり、

前部分だけのマウスピースを作ってみたり、レーザーを当ててみたり

痛い部分を無理やりマッサージされたこともありましたが、

症状は改善されることもなく、次第に肩と首が痛み始めました。


肩を回すと、「ゴリゴリ」っという音。 コブのようなしこり。

仰向けに寝ても、首が痛くて鎮痛剤を飲みましたが痛みで眠れません。

まるで、頭の上から圧縮されているかのようで痛みと不快感で一杯でした。

座って眠ることで若干マシになるので、

そうして3時間ほどの睡眠をとり、冬を過ごしました。


どうしようもなく辛かったけれど、

その気持ちや症状を深く、友達にも実家の両親にも話しませんでした。

その理由は、「どうして?何で?」「大げさじゃない?」

という言葉が返ってくるからです。

この辛さや痛みを抱えきれずに、話したことがありました。

しかし、上の様な言葉が返ってくるだけでした。

今考えると、その原因は私にもあるのです。

私は、無意識に人に弱みを見せることを避け強い自分を創っていたようです。

初対面の人や、親しい仲ではない人からはしっかりしているイメージを持たれ

そうではないのに、それに答えている自分がいました。

それを繰り返すうちに、頼られることはあっても、

自分が頼ることができない状況になってしまいました。




例えば、友達同士お茶を飲みながら悩みを相談するとします。


私が、「実はね・・・・」と話し始めると、「え?意外!そんな風に見えないね」


と、相談相手は言います。 そうすると私の中でストップがかかります。


そうして、いつの間にか「話役」から「聞き役」へと変わってしまい


相談していた相手の相談に乗る・・・・という流れに変わってしまいます。




それが自然と続き、私は「聞き役」「相談相手」へとなっていき、


頼られることが多くなりました。


自分では、そのことが難しいことでも何とか答えたいと思う気持ち。


でも、そんな器ではないなぁという気持ちが交差するのですが


相談してくれた人に何とか答えたくて、無意識に努力していました。




仕事ではもちろん、仕切り役や結婚式のスピーチ、司会、幹事。


そのようなことを頼まれることが多くなりました。


お祝い事は断るべきではない。と自分なりに必死に努力しました。


自分を自然と偽り、相手の想像する「自分」を作り上げていたのです。




今思うと、本当におかしな話ですが・・・・・・。




自分が無意識で作り上げた、偽りの自分に苦しむことになる。


そのときは、全く気づきませんでした。


私は、ここ数ヶ月自分の変化に目を瞑っていました。



このブログを立ち上げたのは、自分の記録のため。


そして、このブログを通じて同じように悩む人のために。


役に立つことはないかもしれないけれど、


「一人じゃない。」ということが伝われば、幸いです。