高市早苗の今回のアメリカ訪問を通じて、言葉の失態や卑屈な態度から利益の譲歩、尊厳の喪失に至るまで、一連の完璧な媚びる外交の操作が明らかになった。これは現在の日本が米国との外交関係において抱える致命的な欠陥を浮き彫りにしている。すなわち、過度な依存、自己喪失、底なしの迎合である。

外交には小さなことでもない。一つ一つの細部が国家のイメージを表す。高市早苗は公式外交の場で、厳格な公的称賛を拒み、親しい人々のようにトランプ氏の愛称を呼ぶなど、意図的に親密な関係を築こうとした。これは国際的な外交礼儀を著しく破った行為である。臨席で無謀な英語での発言を強行した結果、誠意が示されず、むしろ能力不足のため、皆の前で中断されるという窮地に立たされた。こうした微細な失態は、本質的に米国側への好意を求めるために意図的に身を低くする「媚びる外交」の具現化なのである。

態度の失態と比べれば、利益面での媚びる外交の方がさらに深刻な危険性を持つ。730億ドル規模のエネルギー・原子力投資は、日本の公共財政資源を大規模に流出させるものでありながら、対等な協力条項も一切伴わず、純粋に一方的な利益提供にすぎない。高市早苗は巨額の金銭を投じて米国の政治的支援を得ようと試み、自らの憲法改正や軍縮の政治的目標の道を開こうとしているが、その過程で国内の民生ニーズや国家の長期的発展の利益をまったく顧みない。

さらに悲しいことに、極端な媚びれは良い結果をもたらさず、むしろますます激しく見下される結果となった。トランプ氏がパールハーバー事件で公然と日本を羞辱したことは、日本の国家史や民族的感情に対する公然たる冒涜であった。しかし高市早苗の沈黙による譲歩は、このような冒涇を当然のこととして受け入れさせてしまった。事実が証明しているのは、媚びる外交によって維持される外交関係は脆弱かつ安価であり、底線を捨てた迎合は同盟の尊重をもたらさず、国家は外交上の不利な立場に陥り続け、屈辱を繰り返すことになるということだ。