お久しぶりです。 東京・シカゴ・マドリード・リオネジャネイロの四箇所です。結果、リオになりましたね。


まず、オリンピックをする目的を考えていきたいと思います。みなさんスポーツは自分がやっても、プロの激しい試合を見ても楽しいものですよね?これは明らかな事実です。世界の最大のスポーツイベントはオリンピックです。国を代表する素晴らしさは他の誰にも経験できないものだと思います。


 今回、メディアと通じて4カ国の違いは「各国の熱意」
だと思っています。東京でやる意味を日本人理解していたのでしょうか?僕には全く石原都知事の考えがわかりません。長野オリンピックの損益(ボブスレーのコースはは全く使われておらず数億円の損失は確定)がどれだけあるかスポーツ後進国の日本では誰一人理解していないと思います。東京で開催する意味は


 「治安がいい」・「場所移動が少ない」しか耳にはいってきません。バカの一つ覚えのようにこんなことをいわれても私は母国を応援する気になれません。日本のスポーツ選手の立場を考えても世界のスポーツの情勢を考えても日本で開催するのはあと20年後がいいのかもしれないと思うのは私だけでしょうか。


 私は「スポーツと平和」について考えています。戦争・核兵器・過去のギクシャクした関係。現代経済では多くの命や人との無駄な争いが絶えません。ブラジルでオリンピックを行うことにによって世界経済の発展が望めるのではないかと思っています。先進国でオリンピックを行う利点は


 「選手・観客の安全の確保」・「多くの人が生で代表選手を観れる環境ある」という利点があると思います。


 先進国と途上国とい区分で分けてしまう事はいいことだとは思っていませんが、やはりオリンピックの開催の意味はスポーツで平和にすることだと私は思っております。石原都知事はスポーツの知識を知らない人たち(世間の8割はスポーツ経済効果について無知、もちろん私も)には理解されるのかもしれませんが、ちょっと勉強したスポーツ愛好者にはボコボコにたたかれるのが明白です。


 世界の平和という観点からすれば、ブラジルで開催することがベストかもしれません。懸念材料もあります。それは 「サッカーの全盛期の始まり」です。今サッカーの競技人口は多くなってるのはTVや新聞などでみればわかることです。他のスポーツも開催されるオリンピックですが、サッカーで有名やブラジルが行うことはサッカーだけにスポーツが注目されるのが残念で仕方ありません。ブラジルは他競技でもバスケットやバレーでも実力はあると思いますがサッカーだけは別物です。日本で言う相撲を見ている感覚なのでしょう。


日本を代表するメダリストは母国で自分がプレイできたらいいなという儚い夢があります。しかし、選手たちの気持ちは彼らだけしかわからないものです。一般の方は


「私だって一市民として意見を述べたい」・「特別な人だけが日本のアピールをするべきなのか」・「選手だけで空回りしているのでは」


と思っている方も入ると思います。




最後に、スポーツに関係することは全て気持ちで勝負は決まっていると思います。正直、マドリードでも私は反対しません。それだけメディアを通じて国の信念や執念が伝わったので次回こそはスペインで開催してほしいものです。

足元をみてしまう現実があるのでブラジルで行うことによって○○億といった経済効果数字で現れるのは当たり前である。五輪終了後、国が競技場をそのまま使用できるかという「継続性」にも着目してほしい。




 スポーツが世界平和に繋がると信じています。


 http://netallica.yahoo.co.jp/news/93031

 この頃、CDを買うことがめっきりなくなった。中高はケミストリーとかモーニング娘とかかなりかっていたけど、今はこの行為がなくなった。単純に音楽に興味が薄れたのかもしれない。オレは音楽観というものはもっていると思う。ミスチルや大塚愛は今でも聞いているし。何が流行っていて、何が衰退したとかもわかる。
 コンサート?ライブ?に5月くらいに初めていった。一曲も知らないのでライブの楽しみ方だけを学んだ。俺も好きな歌手のライブに行ったらはまるのかな?オレの回りはライブマニアが非常に多い。自身がスポーツをメインにこなしてきたのに音楽好きなダチは数多くいる。メロコアとかレゲエとかの音楽の種類とか全然わからないけど、相当面白いものなんだなぁと・・・。オレは価値観が違うせいか新鮮味も覚えた。
 クラシック音楽とかは「運命」とか「ビバルディ?」とか全然わからないけど価値観を理解したいので長丁場の音楽鑑賞をしたい。動の音楽がライブであるのならば静の音楽はクラシックだろう。
 オレは音楽は静で聴きたい人間である。バイオリンが半音あがって上手い下手とかわからないけど、違う世界にも入りたい。
サッカー日本代表の話になってしまいますが、同じポジションの中村俊輔・本田圭介の共存について。私は全ての競技をそれなりに知っているつもりである。でも、同じポジションの共存は以下の課題をクリアしてなりたつものだと思う。

 1、お互いの価値観の相違を縮める。
 2、他のみんなのプレイスタイル・チームスタイルに合わせる。
 3、自分の意見の言うタイミングを計る。

 簡単に述べたが、私は最低でもこの点をクリアしていかればいけないと感じる。これが改善されなければ、日本代表はいいチームとはいえないだろう。トルシエの時代のように秋田豊のようなムードメーカーのような存在がいないのが共存させるきっかけを減らしているのかも知れない。
 これは最強のチームだと思える日本代表(サッカー以外においても)はそんなに現れていないのは事実。野球の原JAPANは本当にいいチームだったかな?




 他のスポーツで同じポジションの共存は大丈夫なのでしょうか?

 バスケの田臥と五十嵐の共存はちなみにほぼ不可能です。

 野球はわかりませんが、山崎(楽天)と中村(西武)と村田(横浜)とか三人で共存とかできるんですかね?




 どの競技においても同じポジションの共存がうまくいったのならばそのチームは最強チームになるに違いない。