やってる事は、そのうち飽きる。

だから、このBlogも何かしらの意味を持たせないと、そのうち飽きてしまう。

(ここまでやってきたし、出来れば続けたい)

でも、何かの為って限定することは、それはそれで違和感を感じる。

目的を限定した事によって、思考も限定されてしまいそうな気がするから。




『何の為だか分からないけど、やる。』

そういうものがひとつくらいあってもいいと思う。

やる理由が見つからなければやらない。
そういう風にはならないように、意識を持っていきたい。




そう言えば、年始に宣言したんだった。

今年は、お金にならない事をもっとやるようにする、って。

でも、わざわざそういう事を探すのではなく、やる事が見つかった時に考えればいいと思う。

それがお金にならないからと、やらないのはもったいない。




数学者?だか何なのか分からないけど、森毅さんという方が言っていた。

『何の為になるか分からなくても、色々な本を読んだ方がいい。それが自分の深みになる事がある。』
というような感じの事を。

共感!




でも、『何かに繋がるかも!』という予感だけでもあると、よりエネルギーが出る。

仕事が忙しくて疲れてても、そういうのを感じ取れる感覚は持ってたいな。





結論。

Blogを続ける。






もう一人暮らしには戻れないなあと思う。

戻ったら戻ったらで何とか生きてくんだろうけど、今は考えられない。

考えたくもない。



結婚はでかい。





大金持ちになったら、それでも試練を選ぶほど挑戦的でいられるかは分からない。

だから、お金に困っている今のうちに、試練を味わっておこう。

頑張るぞキノピヨ。





なんて大変なことなんだろう。

あれだけたくさんの洋服が売っている中で、自分に似合う組み合わせを想像し、選ぶ・捨てるを繰り返していく。

ベストな選択をしようとすると、相当な集中力を使い、1時間も続けるとヘトヘトになる。



こんなの、みんなよくやってるな。

そこまでこだわらない人の方が多いだろうし、みんなもっと気楽にやってるのかもしれないが、自分はたまにしかやりたくない。



でも、そうやって考えて考えて選んだ服は、着るのが楽しみでしょうがない訳で。

洋服でこんなにワクワク出来るって、よく考えたら物凄く笑える。





自分から情報を探すことをほとんどしてこなかったんだけど、
『自分にめちゃくちゃ似合う服』
を一着くらい持っててもいいかと思い、ネットでファッション雑誌を物色している。


が、まずは自分の風貌をよく理解することだ。

でないと、似合うかどうかの判断がつかない。


裸眼ならともかく、メガネをかけると全くパッとしないこの顔をどう活かしたものか。



自分を他人だと思って、よく観察してみよう。




『自分にめちゃくちゃ似合う服を探す』


何に繋がるのか良く分からんが、またひとつ目標が出来たぞ。









メンバーが高いモチベーションを維持し続けるために、やってみたいことがある。

リハーサルの最初に、
『やりたい事をひたすらやる』
時間を作ること。

それぞれが好き勝手にやるので、リズムはめちゃくちゃになるかもしれない。歌なんてどうなるか想像もつかない。

でも、バンドが一番素晴らしい瞬間は
『全員がやりたいようにやってそれがなぜか成立しちゃってる』
という僕の現時点の結論により、




あ、時間切れ(笑)
お金がもらえない仕事ばかりしててもしょうがないが、

お金がもらえない仕事が突破口になる事は絶対にある。

と思っている事を心の奥底にしまっておく。

今言っても説得力がないので。







新しい仕事に打ち込みつつも、心のどこかで
『音楽やってた頃ほどは熱くなれないだろうな』
と思ってる自分がいる。


ただ、その『少し冷めてる感』が逆に良い効果を生みそうな気がしている。


のめり込みすぎないというか、冷静に見れるというか。
大事なことを見落としにくいと言うか。


今はまだ『そんな気がする』というレベルだけど。





『次から次へと納期が押し寄せる』


まさにその通りになりそうだ。

これがサラリーマンだった。




親が望んだ道を外れて、7年間、色んな体験をした。

それが無駄だったのかどうかは、これから分かる。

だから、まだ答えを出す時じゃない。




そして、
親が望んだ道と同じではないけど、それに近い道にまた戻ってきて、親との関係はかつてないくらい良好だ。

これは素直に嬉しい。




周りの人達が求める形に、自分がなっていく感覚。
それを味わうことが増えた。

表現とは反対の方向なのかな。




たまには表現したいな。

とはまだ思わない。