98℃の熱湯が絶え間なく

北投石も世界で2カ所だけ

 

目の前に源泉が湧き出す「大噴」の迫力

 

 玉川温泉の大浴場には源泉100%だけではなく、源泉50%のあつ湯、ぬる湯、弱酸性湯等々、11種類もの浴槽がある。その一角に50%の源泉と普通の水の蛇口が並んであり、紙コップで自由に飲むことができるようになっている。飲泉というのだそうだ。

 

 こんな貴重な機会はないと思い、50%の源泉をコップに注ぎ、思い切って口に含んでみた。途端にグレープフルーツの怪物をかじったような強烈な酸っぱさと苦さが口一杯に広がる。良薬は口に苦し、どころの刺激ではないが、思い切って飲み下した。

 

遊歩道を奥へ進むと天然岩盤浴エリアへ

 

 外に出て国内でも珍しい天然の岩盤浴エリアへと遊歩道を奥に進んだ。歩道脇にもあちこちに地熱スポットがあり、自前のゴザを敷いて湯治客が横になっている。地面を手で触ると温かい。岩盤浴エリアの一番奥まで進むと、蒸気がもうもうと立ち上る中に、やはり岩盤浴用の小屋が数棟立っているのが見えた。

 

岩盤浴用の小屋が数軒

 

 その途中、歩道脇に「大噴(おおぶけ)」と書かれた看板が立っているスポットがある。こここそが、一方で人を健康に導きながら、一方では一切の生物を排除するほどの「毒水」と呼ばれる超強酸性水が地中から噴き出している場所だった。

 

 ごぼごぼと噴き出す湯の温度は90度。PH(ペーハー)は1.2。その湧出量は9000㍑/分にも及び、一カ所から湧き出す量としては日本一を誇る。9000㍑に頭をめぐらせると、ちょうど一辺3㍍の立方体を満たす量の源泉ということになる。それが一瞬も絶えることなく噴き出し続けていると思うと、足元の自然の力の大きさに感嘆するしかない。

「大噴」で湧き出した源泉は湯樋を通して温泉施設へ

 

 もうひとつ、玉川温泉には日本でここにしかないものがある。それは微量の放射線を発出する「北投石」(特別天然記念物)が産出されることだ。「北投石」の名前の由来は、台湾にある北投温泉で見つかったものであること。世界でもこの2カ所にしかないこの石は、ガンをはじめ万病に効能があるとして珍重されている。

 

台湾北投温泉と玉川温泉だけで産出する放射性鉱物

 

 こうして一年前にたまたま通りがかって以来、念願だった玉川温泉エリアを友人の厚意で体験する機会を得ることができた。ただしわずか一泊、半日ほどの滞在ではその真髄の入口に立ったとも言えない。

 

 翌日、宿を後に田沢湖へ向けて車を走らせると、宝仙湖のエメラルドグリーンを横目に、玉川ダムの酸性水中和施設を通り過ぎる。人間の地道な努力の甲斐もあって、1940年代にはすべての生物が死滅したといわれる田沢湖にも少しずつ酸性が薄められ、様々な命の営みが戻ってきているという。

 

 玉川毒水によって、完全に死滅したと思われた田沢湖の固有種クニマスが、山梨県で生息しているのが発見され、現在はそこから移され、繁殖した数十匹が田沢湖畔のクニマス未来館の水槽で泳いでいる。このクニマス発見の奇跡は、田沢湖の生物復活の取り組みに大きな力を与えている。

 

 そのクニマスがもともとの故郷である田沢湖の湖水に戻される日はいつやって来るのか。はるか上流でゴボゴボと噴き出し続ける玉川の強酸性水が生み出すドラマには果てがない。