快感のマニュアル操作体験

「あと2年」の決意グラリ

 

現在の愛車。車検か、下取りか

 

 愛車のディーラーに声をかけられるまま、スポーツカーの試乗に出かけた。ほぼ2人乗りの2by2シート、左手でシフトを操るマニュアル・トランスミッション(MT)は35年ぶりになる。「3月は決算月ですので、勉強させてもらいますよ」という悪魔の囁きに、心がぐらぐら揺れる。

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 こんなはずではなかった。現在の車を購入したのが2019年8月。社会人になって、初めての車を中古で買って以来、8台目の愛車になる。その折々で身の丈に合ったスポーツタイプの車にこだわってきた。2回目の車検を受けたことはほとんどない。ということは5年毎に買い替えてきた計算になる。

 ただし今の愛車は事情が違う。5年後には仕事を卒業して年金生活に入っていることがわかっている状態で購入した。今度の車は7年、いや9年は乗るぞ、という約束を自らにしたのを忘れたわけではない。8月には2度目の車検を受けるつもりだった。

 心が揺れ始めるきっかけはディーラーの担当者から送られてきた封筒の中身だった。現在の車のニューモデルのパンフレットとともに、愛車を下取りに出した場合の見積額が書かれていた。

 えっ!!

 示された数字に目が止まった。自分の目算より50万円ばかり高い金額が書かれていた。これなら新車が通常の半額以下で手にできる。

 ただしパンフレットが同封されていた今の車のニューモデルはデザインがまったく気に入らず、選択肢にはならない。ディーラーの担当に電話をしてそんな話をすると、お薦めの車があるので、一度試乗にお越しになりませんか、と誘われたのだった。                 

 待っていたのが冒頭のスポーツカーだった。車の横に立つと車高の低さにビックリする。1310㍉だそうだ。現在の愛車が1475㍉。約15㌢の差は大きい。大きなドアを開け、体を折り曲げてシートに滑り込む。助手席にナビゲーター役の担当が乗り込んできた。

 「マニュアル車って35年ぶりかな」。言い訳がましく伝える。

 「大丈夫です。体が覚えていますから」と背中を押されてギアを1速に入れ、アクセルを軽く踏みながら左足でクラッチをつないだ。

 無事に発進。100㍍ほど走ると赤信号にぶつかった。ブレーキを踏んで停まろうとすると、ガクンと車が揺れてエンジンが止まった。

 「停まるときはクラッチを切ってくださいね」。 そうだった。顔が赤くなるのがわかった。

再びエンジンをかけ直し、青信号になるのを待って再発進する。1速ギアのまま、エンジンの回転を上げてみた。それにつれてスピードが上がる。ギアを2速に…。この感覚だ。マニュアルの心地よさ。一度のエンストの後は35年の時の壁を簡単に越えられた。

10分ほど走ってディーラーの駐車場に戻った。

「大丈夫です。隣にいてまったくブランクは感じませんでした」

お世辞と分かっていても悪い気はしなかった。

(この項つづく)