屈指の人気酒は変わった?

女性杜氏退職の影響は…

 業界に彗星のごとく現れ、アッという間に全国的な人気の銘柄になった「天美」という日本酒をご存知だろうか。

 山口県下関市にあった老舗の児玉酒造が廃業の危機に陥ったのを隣の山陽小野田市に本社を置く太陽光システムの開発会社「長州産業」が買い取り、「長州酒造」として再出発したのが2018年。

 新しい酒造りをゼロからスタートさせ、奈良(八咫烏)、香川(川鶴)、三重(作)で女性杜氏として活躍していた藤岡美樹さんを杜氏として招いた。

 夫、子供とともに下関に移り住んで酒造りに没頭した藤岡杜氏が醸し出した第1号の酒が世に出たのが2020年11月のこと。「天美」と名付けられた。そのフルーティーな香りと柔らかな甘みはたちまち人気を博し、なかなか手に入らない一品となった。

 その立役者の藤岡杜氏が会社を辞める!?という情報が業界を駆け巡ったのは昨年秋のこと。実際、11月30日付で藤岡杜氏は長州酒造を退職した。

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下関に住む友人から、新しい酒蔵が立ち上がるという情報を伝え聞いたのは2019年のことだったか。その友人は応援も兼ねて藤岡さんとの交友も持ったという話も聞かされた。

そんなご縁もあって知らぬ顔もできず、「天美」が世に出てからは、日本酒酒場でそのラベルを見かけると必ずオーダーするようになった。別に無理をする必要も何もなく、とてもおいしいお酒だった。ラベルの色を使い分けた黒天(特別純米)、白天(純米吟醸)、桃天(うすにごり)、純米大吟醸…と新しい試みも次々、とても頼もしく見えていた。

何があったのか。その理由については、友人も聞かされていない様子だった。

それより何より、今後「天美」は一体どうなっていくのか。そのことが気になっていた。                

 そんな3月初旬、岡山市を訪ねる所用があり、岡山に行くと必ず顔を出す日本酒バル「解放区」をのぞいた。この店については次回以降詳しく紹介するとして…。

席に着くとすぐ、接客担当の若い女将が、すべてを承知した様子で「ニュー天美が一本入っていますよ」と声をかけてくれた。手書きのメニューを見ると、売り切れを示す横線が引かれて消されている。「え?」という表情を見せると「大丈夫です。あと一杯残っています」と焼き物の酒器に一杯注いで目の前に置いてくれた。

ほぼ空になった一升瓶を見せてもらった。純米吟醸生原酒のいわゆる「白天」。製造年月日は12月中旬の日付が記されていた。藤岡さんの退職後、初めて世に出た「天美」ということになる。女将が「ニュー天美」と言った意味もそこにあった。

 楽しみと、恐る恐ると半々の気持ちで口に含んでしばし、それからおもむろに飲み下した。

 「あれ?」という表情を見抜かれたのだろうか。「ちょっと違うでしょ」と同意を求められた。確かに。どういえばいいのだろう。そこまでの表現を持ち合わせていないのが悔しいが、これまでのどちらかといえば優しく、穏やかな香りと味わいが印象に残っていた飲み口からすると、そのいずれもが少し強めになった感じがする。

 「おんな酒がおとこ酒になった感じ?」

 「そんな感じ、ですよね」

 何がどう作用してその違いが生まれるのか。素人は語る言葉を持たない。

 いずれにしてもせっかくここまで育ったブランド。跡を継ぐ人たちで何とか守り育てていってほしいし、一方の藤岡さんにはまた新しい場所での活躍を期待したい。

 いいタイミングで薦めてくれた女将に感謝した。