鎌倉自宅への招待

門から玄関へ300㍍!?

 2000年前後、バブル景気がはじけて久しかったが、それでも各自動車メーカーは肝入りの新車を発売するとなると、マスコミ向けの大規模な試乗会を開催する時代だった。

 バブルの頃はそれは豪勢なものだったらしい。新型モデルをスペインなど外国に持ち込んで、試乗会を催すこともしょっちゅう。もちろん、招かれる自動車マスコミはアゴ足付きだ。

自分が経験した時代、試乗会のメーン舞台は箱根、富士五湖周辺というのがもっぱらだったが、たまに青森の十和田湖周辺や、石垣島に数十台の新型モデルを持ち込んでの試乗会を経験することもあった。

 試乗会に行くと、あてがわれた車の運転席に古我さんが座り、自分が助手席に座ってハンドルを操りながら古我さんが口にするプロの感想を頭のメモ帳に書き留める。ひとしきり走ると「じゃあ沼田さん、運転してみて」とハンドルを預かるのだが、これほど緊張するドライブもなかった。

 集合場所に戻ると、メーカーの広報担当者、開発担当者が何はさておき古我さんのところに飛んで来た。新型モデルを走らせてみての印象を聞くためだ。当時も、自動車評論家を肩書にして活躍する人は大勢いたが、一級のプロドライバーというキャリアの持ち主は他にいない。たたそばにいるだけの自分まで、鼻が高くなった気になっていた。

 古我さんは茶目っ気もあって、スポーツタイプの車をワイディングロードでテストする機会があると、たまに昔の「本気」を思い出すことがあった。アクセルのオンオフ、ペダルの足の置き換えが急に頻繁になり、ハンドルの操作が細かくなる。アスファルト舗装はしてあるものの、路肩は土がむき出し、それをはみ出すと急斜面の林、というような場所でも構わず道路ぎりぎりを使いながら先のカーブを抜けるスピードにつなげようとする。

 「こ、古我さん、すみません、ちょっと停めてください」と声を掛け、車の外に飛び出して胃の中のものを吐いたこともあった。

 「ごめん、ごめん。ちょっとやり過ぎた?」

 そんなときの笑顔は失礼ながらいたずらっ子のようにかわいらしかった。

                   ◇

 そんなある時、「一度、ウチに遊びにおいで」と誘われた。そのとき初めて訪ねたのが鎌倉三大洋館のひとつで、日本遺産にも指定されているという現在の「古我邸」だった。「鎌倉の駅を降りたらすぐにわかるから。不安なら駅で聞けば教えてくれるよ」と言われ、社宅のある松戸から電車に乗って鎌倉に向かった。

 当時、単身赴任に合わせて生まれて初めての携帯電話を手にしたという時代。ネットで地図を調べるような技も持ち合わせていない。それでも手元にある住所のメモと、街角の地図表示板を頼りに、迷うことなくご自宅前に着いた。

 これが自宅!?

 豪奢な門柱の間に鉄製の門扉があり、そこから車が一台通れるほどの石畳の上り坂のアプローチが奥に続いている。そのはるか先、丘の上に大きな洋館が建っているのが見えた。300㍍?徒歩5分?

門から建物の間の斜面にはきれいに芝生が植えられていて、まるでゴルフ場かと見まがうほどだ。その芝生で遊んでいた大型犬が来客の気配を察して門扉の内側に猛然と走り寄って来た。

 インターホンに出た古我さんに「すみません。僕、犬がダメなんです」と泣きついた。

 「あ~、そうなんだ。じゃあいまから迎えに降りるよ」

 古我邸体験はのっけから強烈なインパクトだった。