ジャッキーステーキハウスからレンタカーで世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の代表格、中城城跡などを回り、那覇に戻ってホテルに入った。

 夕食の予約は午後5時、国際通り近くの竜宮通りにある「さかえ」。知る人ぞ知る山羊料理の名店だ。

 そもそも初めてこの「さかえ」を初めて訪ねたのは昨年のこと、まだその1回きりしかない。そのときは評判をネットで知り、友人らと三人、予約なしで開店の5時に恐る恐るドアを開けた。すでにカウンターには半分ほど先客が座っていたが、幸運にも空席があり、小さな椅子に座ることができた。

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 沖縄や奄美大島で珍重される山羊肉の料理だが、いままで一度だけ「山羊汁」を口にしたことがある程度の経験しかなかった。その時、同席していた友人はひと口すすっただけで「この臭い、オレはだめ」と器を置き、二度と手をつけようとしなかった。

 よく言われるのは強力な精力食としての評価で、すっぽんか山羊かと比べられたりもする。以前タクシーに乗ったとき、山羊料理に話を向けるとドライバーが興味深い話を聞かせてくれた。

 「山羊を食べるときは、自分の体調が万全でないと、精がつくどころか、体調を崩しちゃうよ。それほど精の強いものだから」。

 こんな話も聞いた。阪神タイガースが現在の宜野座キャンプを始めたころのこと。一行が現地入りした1月31日の夜、球場のある宜野座村の村長以下、幹部が顔を揃えてタイガース関係者の歓迎会を開いてくれた。そのときの料理の中心が大鍋に湛えられたとっておきの山羊汁だった。賓客をもてなすのに、最高のメニューだったに違いない。

 しかしほとんどの面々が初めて口にする山羊汁に口をつけた途端、そっと器を下に置き、以後は手を出さなかったそうだ。その時ただひとり、器を手から離そうとしなかったのが、球団史に名を刻む80歳になろうかという大OBだったという伝説も残っている。

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 昨年、三人でカウンターに座ることはできたが、仕入れの関係で山羊料理に関しては選択の余地がなかった。壁に貼られたメニューには「山羊汁」「刺身」「山羊焼き」「たまちゃん」と並んでいるが、その日出せるのは刺身と山羊焼きだけだと言われた。いずれも1500円前後だから安いものではない。

 店は50~60代と思しき女将が何から何までひとりで賄っていた。

 薄々わかってはいたが「たまちゃんって何?」と尋ねてみた。案の定、山羊の睾丸の刺身なのだという。これは極め付きの珍品で、女将の言いぐさを借りれば、牡にしかないし、一頭潰してもとれるのは2個だけ。ウチのような専門店でもいつ入荷できるかかわからず、予約も受けられない。来たときに「たまたま」あればラッキーだと思ってね、と言われた。

 興が乗ってきたので、以前山羊汁を食べたときに連れは臭いを嗅いだだけで手をつけられなかったという話をした。すると女将はニヤリと笑いながら、「ウチのを食べてみな。臭いなんて一切ないからね。きょうはダシを取る骨が入っていないから出せないけどね」とプライドを見せつけた。要はダシを取る骨の新鮮さと、丁寧な下処理にポイントがあるのだという。

 山羊汁なし、たまちゃんなし。仕方がないので残る刺身と焼肉を注文した。

 そのとき、カウンターの一番奥にひとりで座っていた二十代の男性が悲鳴のような声を挙げた。

 「お、おばちゃん、む、虫がおる!」

 カウンターにごきぶりでも這っていたのだろうか。

 これを聞いた女将は「虫?ああ、おるかもね。追っ払っとって。大丈夫やからね」と平然。その若者は何も食べずに店を飛び出して行った。