2019年夏に行われた参議院選挙で、公明党は、過去最多に並ぶ14議席を獲得したにも関わらず、比例票が2016年選挙に比べ、100万票以上も減少しました。

このため、公明党内には、組織力に陰りがあるとの危機感が募っているということです。(時事通信ニュースより)

 

 

公明党の支援者組織は言うまでもなく「創価学会」です。

そもそも、公明党を生んだのは創価学会でした。創価学会が昭和29年に文化部を作り、地方議会選挙に候補者を送り出しはじめ、やがて国政選挙に進出し、国会議員が増加し、昭和36年に公明政治連盟が発足、昭和39年に公明党が結党されます。

昭和44年に起きた「言論出版問題」で、公明党と創価学会が政教一致だと批判を受けるまでは、公明党議員が創価学会の幹部を兼任するということもごく普通に行われていました。(現在では、学会員が当選して議員になった場合、創価学会の役職は解任され、兼務しないようになっています。)

 

このように、創価学会と密接な関係にある公明党。選挙となれば学会員は、文字通りて弁当で組織を挙げて候補者の当選を目指して活動を行います。

選挙活動は「法戦」と呼ばれ、法戦に貢献する(=多くの人に支援候補への投票を依頼し、票を獲得する)ことにより、大きな功徳を得られると幹部から指導があり、活動家は日夜票の獲得に奔走します。

 

私も男子部時代、そして、前回の衆議院選挙まではそういった支援活動を行っていました。

 

が、今回の参議院選挙では、私は支援活動を行いませんでした。自身の投票先についても直前までどこに投票するか、正直、悩みました。

 

前回の記事に対して、アメブロにいくつかコメントを頂きました。そして、私と同じように選挙活動に疑問を持っている学会員がいることがわかりました。

 

そこで、今回の記事では、創価学会と公明党について書いていきたいと思います。

 

創価学会の信奉する「日蓮仏法」は素晴らしい教えであり、正しい。

池田名誉会長は偉大な人物だと思う。

が、だからといって公明党がやることが全て正しいとは到底思えないし、現状ではおかしなことが多いと思っている。だから、政治と宗教はいい加減切り離してほしい。SGIの中で、政治活動が正規の活動として組み込まれているのは日本だけ。いい加減他の国同様に、自分で考えて好きに投票行動を取れるようにしてほしい。

 

これが私の今の率直な気持ちです。

 

それでは、選挙にまつわる話を書いていきたいと思います。

 

 

 

 

 

選挙の時期になると、小中学校時代のあまり親しくなかった同級生から突然電話が掛かってきて、しばらく話をした後、「今度の選挙では比例区は公明党に一票お願いします」と頼まれた。

 

こういう経験をされた方、意外と多いのではないでしょうか。

 

私自身が、このケースにおける頼む側(=創価学会側)なので、同じような電話を知り合いに掛けて投票を依頼したことは数限りなくあります。

 

こういった活動のことを学会では「法戦」と呼びます。選挙は勝ち負けがはっきりしますので(落選=負け)、何事にも勝利を好む学会員は勝利=全員当選を目指して選挙公示日の何か月も前から活動を開始します。

 

特に、改選時期が明確な参議院選挙は、一年近く前に候補者が決まり、そこから支援活動がスタートします。

 

例えば、今回の参議院選挙で言えば、私の住む愛知県では選挙区で候補者が擁立されましたが、この候補者は昨年初秋には決まっており、候補者が出席する決起大会が昨年秋には分県単位で開催されました。

 

※分県:創価学会の組織の単位。広さとしては、いくつかの市町村が合わさった位の範囲をカバーする広さ。例えば知多総県と言えば、ほぼ知多半島全域をカバーする範囲になる。

 

この時点から学会内の選挙戦はスタートしています。

 

が、今回の場合、4月に統一地方選がある都合上、まずはそちらがメインの戦いになります。

 

年明け後、2月頃から地方選の支援活動が徐々に始まります。3月になれば、本格的な投票依頼活動(いわゆるF活動)が始まります。

 

地方議会の場合、より学会員の支援は広範囲のものになります。選挙カーの運転、ウグイス嬢、旗持ち。こういったことを行う運動員は地域の学会員が担っています。(主に男子部と女子部。しかし、最近は若者の活動者が減少しているので、壮年部、婦人部が代わりを務めるケースが増えています。)

 

そして、地方選が終わると同時に息つく暇なく参議院選の支援活動開始。GWF活動の絶好の機会と捉えられ、GW後の座談会では、F活動にまつわる体験談が多く発表されます。

 

そして、選挙当日までは、定期的に活動者会と称する選挙に対する情勢報告&活動督戦が行われ、Fの数、Z(期日前投票確約者の事)が競われます。

 

 

 

 

ところが、今回の選挙。今までに比べ、会合の数が圧倒的に減ったような気がします。

 

まあ、もっとも私は今回まるっきりそういった会合に出ていないのですが、明らかにスケジュール表に書いているそういった会合の数が、今までに比べて減っていました。

 

池田名誉会長が出席されていた頃には、本部幹部会が中止になるということは滅多になかったのですが、春先以降、今回の選挙期間中は本部幹部会も行われませんでした。

7月は座談会すら行われませんでした。

 

つまり、こういうことです。

 

選挙の支援以外やる余裕が組織に無くなっている。本来の宗教活動である本部幹部会も座談会も選挙支援活動の邪魔になるからやらない。

 

それが、創価学会の現状だと私は思います。

 

「我々は政治屋ではない。学会が政界に同士を送り出すのは、立正安国の精神に基づいて安心して暮らせる世の中を作るための活動のひとつである。」

 

言葉は多少違いますが、こういった趣旨の発言をしていたのが戸田第二代会長であり、池田名誉会長も同様のことを言っています。そして、池田名誉会長は、政治だけでなく、文化、芸術、教育も仏法を基調として活動していく、と、民音、東京富士美術館建設、創価学園開学といった活動をしています。

 

つまり、創価学会の主たる活動は、あくまでも宗教活動であり、政治活動は、文化・芸術・教育・平和といった派生活動のひとつに過ぎないのです。

 

SGIの他の国では、政治活動を行っていないのは、政治活動を行えば宗教の名を借りた侵略活動と誤解される可能性があるから行っていないのです。(この趣旨の発言は池田名誉会長が行っています。)

 

なのに、日本の創価学会はどんどん政治活動である公明党の支援活動がメインになっていきました。

 

特に、公明党が自民党と連立を組み、与党となってから、その傾向が一段と強くなったように私は感じています。

 

実際、新進党に参加していた頃は、選挙についてはあまり熱心に行っていませんでした。その頃は、第二次宗門問題の渦中の時期だったので、余計そうだったのかもしれません。

その頃私は大阪に居ましたが、選挙よりも世界平和文化祭で盛り上がっていた時期でした。男子部の中でも、F活動など選挙の直前に行うもので、ここまで長い時間かけて行うものではありませんでした。

 

それに、何より、選挙だけが活動の全てではありませんでした。

 

文化祭の参加であったり、御書の勉強会であったり。創価学会らしい活動が沢山ありました。

 

しかし、今はなんだか違います。

 

選挙が近づけば座談会すら無くなる。一番身近な学会活動であるはずの座談会すら無くなるのです。

 

これでは、創価学会は政治団体となってしまった、と言われても仕方ないように思います。そして、支援活動ばかりに嫌気がさして、組織に嫌気がさす会員がでてくるのも又当然であると思います。

 

長くなりましたね。

 

続きは次回の記事で。次回は公明党について疑問に思うことを書いていきたいと思います。