新トップスターコンビ 御披露目公演のショーは


三木章雄 作・演出

ジャズ・オマージュ『FULL SWING!』



初見の感想で書いたように、とにかく
『シブい! シブ過ぎる!』

普通は……  と何が普通なのか明確な基準はないけれど、それでも『普通』の御披露目公演であれば
どうぞ、よろしくお願い致します~』的な、
トップコンビが仲良く笑顔を並べて、新しい組のコンビネーションを見せる、食べ物で言えば、フルーツパフェかクリームソーダのような作品が主流だけれど、この作品は、
『ドライマティーニ、氷無し』
と言いたいくらい、辛く、激しく、シックで、心憎いばかりだ。
前の花組公演「The Fascination!」が
夢見心地でお帰りください』という内容なら
今回は
月組に酔いしれるがいい
というもの。

作、演出の三木さんは、久々の大劇場公演。
作品へのこだわりと意気込みが違う。

今回の作品は、ただ単純に、ジャズの名曲を並べた訳ではない。JAZZマニアらしく、スウィングからビバップへの変遷、ヨーロッパジャズやラテンジャズ、アメリカンポピュラーの源流を辿ろうという意欲作。

この壮大な三木さんの企みに、見事に応えた新トップコンビと月組生が素晴らしい。

三木章雄の、こだわりと企み……
それでは、幕開きから順に参りましょう

ハードでアップテンポな音楽で幕が上がると、月を象った赤い輪の中に、ソフトハットにゴールドのトレンチコートを着込んだ月城がセリ上がってくる。


さながら、アメコミの
『ディック・トレイシー』のようだ。


これにシルバーのトレンチコート、ソフトハットの鳳月、暁、風間が絡み、月城が主題歌の1曲である『Shooting the Moon』を歌い上げる。

落とし気味の照明の中で、キラキラとコートを光らせながら、ポーズを決めて行く4人に、客席から感嘆の溜息が洩れる。

一転、
照明が全開になると、『狂騒の1920年代』と言われた、スウィングジャズ全盛期=ジャズがまさにfull swing(最高潮)だった頃のダンスホールに様変わり。

アール・デコ風の装置に、シックなシャンパンゴールドのタキシード、フラッパードレスに身を包んだ、月組生が一斉に登場する。
コートを脱ぎ捨てた風間が銀橋に飛び出し、
もう1曲の主題歌『FULL SWING!』を、パンチの効いた声で歌い、暁、鳳月へと繋いでゆく。

衣装がヒラヒラ、フワフワしていない分、どうしても地味に見えてしまうかもしれないが、
オープニングの10分近くを、あのアップテンポでステップを踏み続けるのは、想像以上の過酷さだろう。

この1920年代は、
月組の次回作『グレート・ギャツビー』の舞台となっている時代だ。
ちょっと早めの、次回作PRかもしれない(笑)

ひとしきり盛り上がったところで、曲が変わり、月城と海乃の登場となる。
曲はコール・ポーター作曲の
「ビギン・ザ・ビギン(Begin the Beguine)」
スウィングの王者 アーティ・ショウがアレンジを加えて、世界的大ヒットとなったスタンダードナンバーを、月城が艶やかに歌う。

オープニングから次への繋ぎも、トップコンビが銀橋に残って、やはりアーティ・ショウがアレンジしてヒット曲となったA.ドミンゲス作曲「Frenesi」をトップコンビが小粋に歌う。
この曲は、後で登場するフランク・シナトラもレパートリーにしていた。

「ビギン・ザ・ビギン」は、
ミュージカル『ジュビリー』のナンバーの1曲
(1935年初演)
ミュージカル『ジュビリー』は、架空の王国、架空の王族たちが『王様稼業』を放棄して、各々が恋人を追っ掛けるというラブコメディ。

『Begin the Beguine』の、
Beguineとは、カリブ海のマルティニーク島で誕生したというダンスミュージックのこと。
恋人に『さぁもう一度、あのビギンの曲で一緒に踊ろう』と誘う歌だ。

カリブ海の島ということは、キューバの海域。
これは後半のラテンジャズへの布石。

次は、趣がガラリと変わる
第2景『No Rain, No Rainbow』

砂漠で、水を求めて彷徨うノマド(遊牧民)たちが、廃墟となった神殿で、雨の神パルジャニヤに祈るところから始まる。


パルジャニヤは、
インド神話に登場する雨や雷を司る神のこと。

インドの言葉で、チャーパ=『虹』という名を持つ青年が、祈りに応えて現れた女神に、思わず触れてしまう。
その瞬間、雷鳴が轟き、大地を潤す雨が降る。
神に触れた青年は、やがて龍となって天空を駆け昇る。
暁千星がチャーパを演じ、中堅、若手を従えてダイナミックに踊る。

ただ……  うーん……

また『お叱り』を頂戴するかもしれないが、残念ながら暁に『面白味』が欠ける。


ダンステクニックがあるのは、良く判る。
が、何かが足らない。
むしろ、足らない分を、ダンステクニックで補おうとしているように見える。
『芝居心が足りない』と言えばいいだろうか。
せっかくのストーリーが見えて来ないので、この場面だけが、妙に長く感じられる。

暁のこれからの課題だろう。

次景は、
第3景『Just a Gigolo』

使われるナンバーは、
スウィングの王様 ルイ・プリマ(Louis Prima)の『Jump Jive An' Wail』と、プリマがアレンジした『Just A Gigolo』

Jive = ジャイブはダンスの形式の1つ。
ジゴロを演じる鳳月らが踊るのが、ジルバから進化したジャイブだ。

ジャイブを普及させたと言われるのが、1920年代のアメリカ禁酒法時代に、ハーレムの超高級クラブであった『コットン クラブ』で活躍した
キャブ・キャロウェイ(Cab Calloway)

1985年の大地真央のサヨナラ公演
横澤英雄 作・演出の
グランド ショー『ヒート・ウェーブ』で、大地が歌ったのが、キャロウェイの大ヒット曲
『ミニー・ザ・ムーチャ』
このキャロウェイの楽団にいたトランペッターがディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)だ。
ガレスピーの話は、また後で。

余談だけれど、
大劇場の楽日前の数日だけ、大地は口ヒゲをつけて、このナンバーを踊った。
3号セリの上で、椅子に座ってポージングしている大地にライトが当たると、観客が一瞬『?』となり、口ヒゲがつけているのが判ると、悲鳴に近いジワが起こった。
『ジワ』というのは、普通なら『ザワザワ……』と波のように起きるものだけれど、旧大劇場の立見もいれた約3000人が一斉に『ァァァァ――!』と、声にならない息を洩らし、次の息を吸う音が声のように響いた。
あんなファンサービスは、あの当時の大地にしか出来なかっただろう。


話をルイ・プリマに戻そう。

ルイ・プリマ作曲と言えば、スウィングの名曲であり定番でもある『Sing, Sing, Sing』
ベニー・グッドマンの演奏が有名なので、彼の作品と思っている人も多い。この曲で、ドラムの認識を変えたと言われたのが、グッドマン楽団のドラマーだったジーン・クルーパーだ。

三木さんは、
1987年の花組公演  ショー『ヒーローズ』で、
当時の花組トップの高汐巴にデューク・エリントン、大浦みずきにベニー・グッドマンを当て、中詰めを『Sing, Sing, Sing』で盛り上げた。

ジャイブには『いい加減』『口先だけ』と言う意味がある。トランペッターで、ボーカリストでもあるプリマは、独特の歌声で、見た目にも惚けた味のある『エェおっさん』という感じ(笑)
プリマがトランペッターだから、鳳月もトランペットを手に『盛りを過ぎたミュージシャン』という感じで登場する。


鳳月は、お芝居から引き続きコメディタッチに見せながら、『男役の色気』たっぷりで観客を魅了する。

続く第4景は、Le Cafe'~ジャンゴに捧ぐ~


シーン12には『ロマのスイング』のタイトルが付いているので、ここに登場する『ジャンゴ』とは、ジプシースウィングの創始者と言われる
ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)のことだろう。

『ロマ』とは、ジプシー=移動民族の1つで、
インド北部、パキスタン辺りからヨーロッパに移動してきた、ジプシーの最大勢力だ。
第2景のノマドたちが、ここに繋がってくる。

ジャンゴ・ラインハルトは、
ベルギー出身のロマ族のギタリスト。

ジャンゴがフランスで名声を得た頃は、
ヨーロッパでナチスが暴れ始めたのと重なる。ナチスは、ユダヤ人だけでなく、ロマ族など
ジプシーに対しても迫害を行っていた。

フランスがナチスドイツの支配下となった時、本当ならジャンゴも迫害の対象だった。
けれど、ジャズミュージシャンとして名も知られ、ジャズ好きの若いドイツ人兵士からも支持されていたから、『まぁ、仕方ない…… 』と、表向きは見逃されていた。
にも拘わらず、ジャンゴはずっとナチスに抵抗を続けていたという反骨の人だ。

だから、

その『ジャンゴ』と呼ばれる人が、ナチス風の軍服を着ているのは、少々違和感がある。

が、

まあ、月城にとても似合っているので
『良し』だろう(笑)


ジャンゴの恋人、海乃が演じるマ・シェリーが、ギターを抱きしめて眠っているのも、
ジャンゴがギタリストである暗示だ。

オープニングのブロンドから黒髪に変えた海乃に、鮮やかなグリーンのドレスが良く映える。幻のように消えてしまいそうな恋人を、必死に追いすがって止める様は、娘役の『背中芸』とでも言えばいいのか、この人の芝居心が溢れるところ。

娘役に『背中で』語らせた、御織ゆみ乃の振付がとても印象的だ。

続く第5景 ザ・ヴォイス! は、
先述のフランク・シナトラの愛称だ。


フランク・シナトラの、晩年のトレードマークと言えば、短く切り揃えたロマンスシルバーのヘアスタイルに黒のモヘアのタキシード。
しかし、
Sands時代のシナトラは、仕立ての良いスーツをラフに着こなす『アメリカの伊達男』そのものだった。

The Sandsとは、1952年にオープンした、
ラスベガスのカジノホテルのこと。

第二次世界大戦後、
シナトラは「赤狩り」や度重なるスキャンダルのせいで『落ち目の元アイドル歌手』と見られていた。

が、復活を狙って出演した1953年の映画
『地上より永遠に』(原題 From Here to Eternity)が大ヒット。
シナトラは、第26回アカデミー賞助演男優賞を獲得して、見事に第一線のスターに返り咲く。

その年、シナトラは初めてThe Sandsでショーを行った。

当時のラスベガスは、砂漠に無理やり作った『カジノの街』で、ようやく大型ホテルが ……ポツポツ……  と建ち始めた頃だった。

だから、
シナトラのような大スターが、
ラスベガスのカジノホテルでショーをするなんてあり得ないことだった。

良い例えではないけれど
鳥取砂丘に新しく出来た場外馬券売場で、
マイケル・ジャクソンがコンサートをする
というようなもの(笑)

シナトラの出演は、たちまち話題となり、
ホテルの集客力は大幅にアップした。

このThe Sandsの成功に倣い、他のホテルも、こぞって第1級のスターを出演させるようになる。

これが、ラスベガスのショーの始まり。

やがて、シナトラはSandsの株を買い、共同経営者の1人となる。
当時は、成功報酬の意味合いもあって、高額な出演料の一部を株で支払うことがあった。

その頃になると、
シナトラはハリウッドの役者仲間や歌手仲間を自身のショーに招き、そのゴージャスな顔ぶれを見せることで『砂漠の中のギャンブルの街』だったラスベガスを
クリーンでゴージャスな砂漠のオアシス
とイメージアップを狙った。

そんな歌手や俳優仲間の中から誕生したのが、ラット・パック(Rat Pack) というグループだ。
メンバーは、
ディーン・マーティン
サミー・デイヴィスJr.
ピーター・ローフォード
ジョーイ・ビショップ  
にシナトラを加えた5人。『シナトラ一家』と呼ばれるきっかけが、この『ラット・パック』からだった。

このメンバーで出演したのが、1960年の映画
『オーシャンと十一人の仲間』
後にジョージ・クルーニー主演でリバイバルされた『オーシャンズ11(Ocean's Eleven)』の原作だ。

そんな華やかなSands時代を再現しようと、
シナトラのヒットメドレーで紡ぐのが、今回のショーの中詰め。

その始まりは、
風間の『ニューヨーク・ニューヨーク』から。

銀橋に並んだメンバーを見て
ん? 風間の隣に暁がいる?」
と思ったら、千海華蘭だった(笑)
お芝居には欠かせない人だけれど、ショーにも欠かせない貴重な人だ。
是非、今月の25日には
『で、お前の好きなのは誰なんだ?』
という台詞を、東宝で言って欲しいものだ。

『All of Me』『Come Fly With Me』と歌い継ぎ
暁の『Night and Day』 
鳳月の『Strangers In The Night』と続く。
風間、鳳月の歌の安定感はいつものこと。
暁のいつもの『自信無さげ』の歌い方も、中日を過ぎて良くなった。

シックなダークグリーン、アメジスト、ワインレッドの燕尾、ナイトドレスで月組メンバーが並ぶ中、ロイヤルブルーのスーツを『ビシッ』と決めた月城が登場する。
海乃は紫がかったグレーのナイトドレス。



曲は『My Way』
トップ御披露目というより、何年もトップを務めているような貫禄を、月城からは感じる。

次景への継ぎは、

今回が最後となる  鳳月・暁・風間のトリオで『It's All Right With Me』を歌い上げ、シナトラメドレーを締めくくる。

第6景は、 Midnight in Paris


デューク・エリントンに同名のアルバムがあるけれど、今回はオリジナル曲「Rendez-vous」を新たに作る熱の入れ様。

公式サイトにある三木さんのコメントには、
(以下、原文のまま)
モノクロのギャング映画を彷彿とさせるパリの場面では、「Rendez-vous(ランデヴー)」というオリジナルの曲で、“綱渡りのような人生を生きてきたけど、お前の手を握ってこのままタイトロープの伸びる先の星空まで一緒に行こう”と、月城がロマンチックに歌います。このシーンでは、暗さに裏打ちされたロマンがあり、プロローグの月城とはまた違った屈折した魅力が出ると考えていますので、お楽しみに。


セットのパリ名物の広告塔=その名も『モリス広告塔』に貼られたポスターにも、三木さんのこだわりがある。
貼られているのは、1938年公開のパラマウント映画『You and Me』(邦題『真人間』)

この映画を選ぶ、
三木さんのセンスに脱帽しかない。
映画の粗筋を全部は書けないので、興味のある方は、どうぞ邦題『真人間』で検索を。
一応ミュージカル映画です(笑)

『女の過去を知らずに、男が恋をすると…… 』

ギャング モーリス月城は痛い目に遭った(笑)

三木さんは、コント(寸劇)が得意だし、とても上手い。

今回の作品では、トップコンビが様々なシチュエーションで組でいるけれど、月城も海乃も芝居がしっかりしているので、それぞれの場面の完成度が非常に高い。
そんな中でもこの場面は、このショーで一番の見所。
一匹狼のギャング月城、ギャングのボス鳳月、ボスの女の海乃。それぞれの個性が最大限に発揮されている。

この後は、フィナーレ始まり。
『How High the Moon』
『Blue Moon』
『It's Only a Paper Moon』
「月」に因んだスタンダードナンバー3曲を、メドレーで。

『It's Only a Paper Moon』を歌う 彩 みちるは、この公演から月組生。


組カラーの黄色のドレスで銀橋を渡る。
記憶が定かではないけれど、このドレスは雪組のショー『Music Revolution』の時でも着ていなかっただろうか?  
もしそうなら『雪組から、やって来ました!』という粋な計らいかもしれない。
第1部のお芝居でも、存在感は十分だった。
これからも月組生で活躍してくれるだろう。



暁の歌と、ラインダンスを挟み、

いよいよ
第8景 グランドフィナーレ。

最後はラテンジャズの世界だ。

ここをマンボのリズムで盛り上げて来るのが、三木さんの『企み』だと言える真骨頂。

ジャズは、黒人奴隷たちの歌から始まり、
ダンスミュージックとなってスウィングジャズで全盛期を迎え、ヨーロッパ大陸のラテン音楽、アメリカのラテン音楽を吸収して、最終的にラテンジャズが誕生した。

先述のディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)は、そのラテンジャズの旗手。

フィナーレ ナンバーの『Manteca』は、
ガレスピーと、キューバ出身のコンガ奏者 
ルシアーノ・チャノ・ポソ(Luciano Chano  Pozo)の共作。

さらにガレスピーは、ジャンゴ・ラインハルトの即興演奏からも影響を受け、モダンジャズへの分岐点となるビバップも極めるようになった。

三木さんの『企み』を考えれば、フィナーレに『Manteca』以外の曲は使えないだろう(笑)

流れを止めず、盛り上げたままパレードに繋ぐ手際の良さはベテランならでは。
お芝居では触れられなかったけれど、
いつでも、どこでも『白雪さち花』という人は目を引く人だ。この人の舞台度胸の万分の一でも『暁にあったらなぁ…… 』と思う。
光月るう・夏月都・白雪さち花・千海華蘭・
鳳月杏 この月組の幹部5人の並びを見るだけでも『あぁ…… 月組は大丈夫だ…… 』と妙な安心感を持ってしまう。

いやいや、幹部だけでなく、中堅、若手もしっかりしていて、これからの楽しみが尽きない。

今の月組は『観なきゃ損だ』


どうか今月の25日にはつつがなく初日を開け、無事にめでたく千穐楽となりますように!

最後まで、
お読み頂き、ありがとうございます。

『王家に捧ぐ歌』『NEVER SAY GOODBYE』の初日まで、後少し余裕がありますから、その間にまた『ウダウダ』と申し上げます。