作家の生涯に興味を覚える人は、好き好んで文学部を出た変わり者くらいで、
夜な夜な書斎にこもって原稿用紙をマス目を埋めている作家の生涯など、
たいていは判を付いたような同じ日々の繰り返しで、劇的な出来事には無縁であるように思える。

これが漫画家なら猶更のこと、新作を待ち焦がれる老若男女のため、編集部の矢の催促を受けながら、骨身を削っての徹夜仕事。

颯爽としたヒーローや可憐な美少女が活躍する一大スペクタクルの作り手がひょろりとした中年男女なんてことはよくある話。
 

100年後、文学部で漫画家の生涯に興味を覚えてしまったりするのもやはり変わり者に違いない。

作家も漫画家も、本人の生涯よりも作品を楽しむほうがずっと良いのだ。

さて、そうは言いつつ、『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』
(原作:宮崎克、漫画:吉本浩二、秋田書店、1~5、2011年~2014年、以後『創作秘話』とする)である。

『創作秘話』は、手塚先生に関わった漫画家、編集者、アニメーション関係者、そしてご家族と様々な人間の手塚先生の思い出をもとにしたエピソードを集めた作品である。

「昭和的」といった形容も生ぬるい超人的な仕事量、自身の作品や参考文献の隅々まで覚えている超人的な記憶力、心魂傾けた虫プロダクション倒産後にただちに『ブラック・ジャック』の執筆を開始する超人的な粘り強さ・・・と
三度も「超人的」の言葉を使ってしまった。

書斎にこもっているだけではなく、30代そこらで日本初の商用アニメーションを始めたばかりか、企業とのタイアップを成功させ、今日のアニメビジネスの原型を作った人物。

漫画が低俗とされ、子供の目に触れてさせてはならじと、PTA的大人に目の敵にされたときも、屈することなく、子供向けの作品創作にいそしんだ。

大御所といわれる年齢になってからも、常に数本の連載を抱えつつ、講演活動をこなしたり、大きなイベントのプロデュースを行ったり、と尋常でない活動量である。

旺盛な好奇心からくる奇矯な行動や締め切り直前までこだわり続けるがために雑誌や映画会社に大迷惑をかけるなど、大いに周囲を振り回すが、不思議とまわりに愛されている。

不治の病にかかってベッドに寝た切りになっても鉛筆を手放さず、作品の構想を練り続ける。

つまり、漫画家なのに、実に波乱万丈な生涯を送っているのである。
偉大なクリエーターとして、没後間もなく、子供むけの伝記作品にも取り上げられてはいるが、『創作秘話』では、より生々しく、手塚先生の生涯が描かれており、実に面白い。俗にいう「黒手塚」も漏らさず。

私自身、『ブラック・ジャック』『火の鳥』『アドルフに告ぐ』『ばるぼら』『MW』ほか、多くの作品を愛読したクチなので、ファンのひいき目とみられても致し方ないが、素晴らしい作品群、後世への影響、不屈の人生を考えると、
手塚先生は、紫式部、世阿弥、利休、芭蕉、北斎といった人たちに匹敵する文化人であると思う。

そのうち我が国の紙幣の肖像になってもおかしくない。著作権の問題があるそうだが、紙幣の裏面に先生の生み出したキャラクターが行進する様を想像すると楽しくなってくる。

いっそのこと、1万円・5000円・1000円の各紙幣を、ゴジラやドラゴンボール、攻殻機動隊などの我が国の偉大な漫画・アニメ作品でまとめてもよいのではないか。

手塚先生は漫画表現は世界中に通用する趣旨のことを述べていたが、
漫画・アニメほど、世界中に影響を与えた我が国の文芸はないのだから。