



この油壷は、諸国民芸のTさんのところでゲットしたものです。伊羅保の油壷には少々思い入れがあります。昔、韓国の十踏里の骨董街で同じ李朝の油壷を見ました。その油壷の器形は良かったのですが、色がくすんでいたんです。値段を聞くと買えない金額ではあったんですが、「この色で買うのはなァ~~」と思って敬遠した経緯がありました。
今回、Tさんの露店に顔を出した時、真っ先に眼に入って来たのがこの油壷でした。これも何かのご縁なんでしょうね。隣にいた家内も、「この油壷、エエんとちゃう?」って言ってくれたので、家内に値切って貰ってゲットしました。ウチの家内、スーパーネゴシエーターですな!(笑)
日本で伊羅保って言われるモノは茶碗が概ねかと思います。「江戸初期に韓国に対して注文した」って言うのが始まりとなっていますが、李氏朝鮮は1392年にスタートしていまして、江戸幕府は1603年に開幕となります。ざっと200年の差がある訳です。従って文献の説明でこのように江戸初期と書かれてしまうと少々、難ではないかと思うのです。無論、「茶碗って書いているやん」って言われる方もいるかと思いますが、素人目では中々、この辺りのニュアンスは掴めないかと思います。ただ李朝初期で今の伊羅保の価値があっての作成があったか?って言われると定かではないです。寧ろ無意識に作られていて、後世で伊羅保と分類されたんやないかと思います。
さて、4月は21日の東寺の弘法さんは土曜日で参戦。25日は平日のため敬遠。月末の老松骨董祭は参戦するかどうかは未定。最近の老松骨董祭ですがオープンマーケット化していて、「これが老舗の骨董屋がやる骨董祭?」って思わんばかりのレベルの低さにアンニュイなんですよね。たぶん行くとは思いますが、老松の衣笠の親子丼を楽しみとします(笑)
サイズ、口径2.6cm、 高さ9cm、 底面直径5.5