




伊東静雄詩集より「有明海の思ひ出」
馬車は遠く光のなかを
駆け去り
私はひとり岸辺に残る
わたしは既におそく
天の彼方に海波は
最後の一滴まで
沸り墜ち了り
沈黙な合唱をかし
處にしてゐる月光の
窓の戀人叢にゐる犬
谷々に鳴る小川の歌は
無限な泥海の輝き返るなかを
縫ひながら私の岸に辿りつく
よすがはないそれらの気配に
ならぬ歌のうち顫ひちらちらとする
緑の島のあたりに遙かにわたしは目を放つ
夢みつつ誘われつつ
如何にしばしば少年等は
各自の小さい滑板にのり
彼の島を目指して滑り行つただらう
あゝ わが祖父の物語!
泥海ふかく溺れた児らは透明に
透明に無数なしやつぱに化身をした