


京都☆青蓮院の大樟と枝垂桜
ソメイヨシノは桜吹雪、枝垂桜は満開
そんな京都を歩き、僕の一週間が始まった。
覚快法親王の弟子、慈円(じえん)「慈鎮和尚(じちんかしょう)」が 青蓮院第三世門主となり、 四度も天台座主を務め諸々の功績をもって青蓮院の名を世に馳せたと云えるのである。 慈円は晩年吉水房に住み、その安養寺傍に塔が建てられている。
慈円が、法然(ほうねん・源空)を庇護して、 自分の弟子である証空(しょうくう)や親鸞(しんらん)が 法然の弟子になるのを黙認し批判をしながらも、 専修念仏に寛大なところは浄土教の基礎が天台にあったからであろう。 親鸞が祖師である本願寺の法主は青蓮院で得度をしなければ、 その資格が得れなかったのは明治の時代まで続いた。