なゆです。


好きなひとに愛されて、何を感じたい?

という問いを幾度となく自分の中に投げかけてみたけど

「きゅんとしたい!」
「愛されてるって実感したい!」


という「そらそーや、で?」な答えしか、わたしの中にはなく。
「愛されてるー♡」とか思い込んだり、
「愛されてないなんて、自分の思い込み」「どーせ愛されてる」みたいなんを呟いたり、、、


うまくいくために、あの人にわたしを少しでも好きになってもらうために、現実をコントロールして思い通りにするために、常に何かしらがんばるわけです。


そんで、自分でまーそーやわな愛されてるな、うんうん。とこれまた思い込んで、何の進歩も進展もなく終わるパターンを毎度繰り返してここまできたわけですが、


今日ちょっとわかったかもしれない私、というのを書いておきます。


♡♡♡
あのね、たとえば、欲しかった愛され方で、愛されてるなって実感するでしょう?
(妄想中
ものすっごくうれしいです。わたし愛されてるやんーふふ。あの人も嬉しそうなんじゃない?とか思って心の中から湧き上がるその嬉しさを感じたい、うわぁーっと。湧き上がってくるんです、うわぁっと。


うわぁ、私はわたしでいてよかった!ってきっと思うよね、あの人もあの人でいてくれて、よかった。
お互いにここで出会ってよかった。


過去のいろいろな傷ついたこととか失敗したことだめな私捨てたい自分も、そりゃたくさんあるけれど、そういうのをひっくるめて、ここまで生きてきてよかったな。って思うよね。


それそれ、そこなんじゃないのかな?って。


生きててよかった。


この世に生まれてきて、よかった私。


ありがとう、とかそういうのは他人が入ってきて混乱するのでちょっと置いといて。


この世に生まれてきてよかった!
生きてるってすごいなー♡
生きてるってよろこびしかない!
すばらしいよ、この世に生まれてきてほんとによかった!!


っていうのを、感じたいから恋してるんじゃない?もしかして、そこが目的なんじゃない??
(ほんとうに…?)
(弱気)


文字にしちゃうと、「うむ、かもだね」ってなるけどさ、(すごくよく聞くフレーズな気もするし)


これね、じっくりこれを心の中で感じてみると、不思議と、「何があってもよろこびなんだな」というのが分かる気がした。
「何があってもよろこびに戻ってくる、ことになってる」というかんじ。よろこび状態が標準仕様。あとは何らかのオプション。



ここまで生きてきた私にグッジョブ♡でかした♡
…そう実感したいために、恋してるの?
それが目的なの?

それなら、今ここで、私がわたしをまるっと肯定したらいいんじゃないの?

あの人に愛してるって示してもらわなくても、

わたし今ここで生きてるよ!
生きてるってすごいこと。
生きるって歓喜のなかにいることとイコールやん

てきな。。。


愛されてるって示されなくても、
生きてるわたし。って実感するだけでよかったん…?
(ほんとうに?)


☆きょうの結論☆
わたしが恋をするのは
「あーわたし生きてるな、すごいなー♡♡」
って歓喜のなかで実感したいから。


♡♡♡
恋する理由がちょっと掴めたきがして、
何をすればわたしはうれしいのかが掴めたきがして、うれしくって、


あの人に報告したくなったんです。