生きるとは何か。私はよく考える事があります。

何故、全てのものは有限なのか。そして、私は何故、死ぬ事が分かっているのに生き続けるのか。

いつかは全てを失う時が来る。出会いがあれば別れは来るし、その数だけ悲しみが生まれる。

 

 

 私は小さい頃、そればかり考えては夜中、親の布団で泣いていました。

解決にはならないものの、そうすると気持ちが一時的に落ち着いて、また次の朝を迎える事が出来ました。

しかし、それはその場しのぎにしかならず、中学生になり、高校生になっても悩みは消えず、何時までも足枷のようにまとわりついていました。

それでもなんとか生きる理由を見つけたくて、私は沢山の本や映画を片っ端から読みました。

私とは異なる思考を持った人達の考えはとても刺激的で、今までの自分が如何に空っぽだったか気づきました。

失うのが怖いから、与えられたものだけを無関心にやり続けて、生きてきた私とはかけ離れたものでした。

彼らは自分で望んだものに手を伸ばし、ただひたすらに追い続けていくのです。

そんなものは子供がする事だと思っていました。社会はもっと厳しい世界なのだと頭の中で何度も思いました。

なのに、私はその本や映画を寝る間も惜しまず、見ていました。

そして、私は気づきました。

私はそういうものに憧れているんだと。私もそうやって毎日を生きたいのだと。

気づいた時、私の足枷は既に外れてました。

私はずっと、自分の人生を歩んでいるようで、歩んでいなかったのです。

だから、空っぽで何もなかった自分が許せなかった。

私にとって、生きるというのは何かを創り出すこと。そして、笑う事、幸せになること。

姿、形は無くなっても、残り続ける確固たるものを見つける事が私の生きる意味。

まだ、完璧な答えではありません。生き続ける中で、私の生きる意味は変わっていくのだと思います。

 

何かを失う事は凄く怖いです。それは克服出来ていません。でも最近、私は思うのです。

失う瞬間が来るからこそ、様々なもの大切に出来るのだと。

当たり前なものに付加価値を付けるのは難しいでしょう。

しかし、それを失うと知った時、漸く大切なものだったとわかる。

 

 なんて残酷な世界なんだと私は感じられずにはいられませんでした。

怖いと思うその一方で有限である事に感謝するのですから。

 

 

 生きていると様々な悩みを抱くと思います。それは当然です。情けない事でも弱い事でもありません。

寧ろ、私は強い人だと思います。なぜなら、世の中は適当に生きようと思えば幾らでも生きれるからです。

それでも必死に悩み、考え、より良い明日を過ごそうとしている。

自分を褒めてあげるべきだと思います。

 

 

 

 

最後に、知っていてほしい事があります。

生きるとは辛い事です。投げ出したくもなると思います。

人生は自分で描いていいのだという事。笑っていいのだという事。幸せになっていいのだという事。

誰にでもその権利があるという事。何故なら、皆、生きているから。

 

 

 

 

 

 これから少しずつ、私が日々、生きていて感じた事や伝えてたい事をこのブログに書いていこうと思います。

少しでも多くの人が幸せになれるように、そして、私自身も幸せを創っていけるように。