価値があるというボーダーを上げる手法 | やっぱり一人が好き

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 何年も日記のようなブログを書いていると、私の悩みは、一人でいるか、ワイワイするのかで揺れていると思う事がよく分かった。

 まさにその点が私の心のわだかまりであるし、辛いところである一方、生きている証拠でもあると思う。

 高校生位までは、価値があるとされるものは、勉強と運動と容姿だけである。

 そして、それは、バカな大人に引き継がれる。

 何処に重きを置いたのかで、様々な形にはなるが、所詮この三要素には、替わりない。それに、金を稼ぐというファクターが入ってきて、以降、死ぬまで、それにしがみつく。

 これが、庶民の∞ループである。


 そして、このハードルをどんどん上げる。

 お勉強が出来ただけでなく、運動も得意。

 東大生の美女。

 複合的なもので、価値を上げる。

 東大生の美女を含めて、庶民なので、所詮、∞ループで、あることにはかわらない。
 
 多分テレビ局が、そのハードルを上げる役目なのだろうが、ハードルを上げることにより、「価値のない」層がふえる。

 間違えてならないのが、金持ちだろうが、何であろうが、庶民∞ループの仲間である。  

 所詮∞ループの中では、よい生活をしているというだけだある。

 食べるものも大体一緒、食うに困らない程度なら、国民の90%位はいるのである。それと、一緒。


 そのループは作られているものなのに、これ以上の人、これ以上の年収の人は、「優れて」いて、後は、負け組というレッテルをはり、庶民ループの中で、階級闘争をさせている。

 それで、維持されているのは、現在の政権の中枢であるが、こいつらも、所詮ただのつくりものなので、外国の貴族を潤しているだけだあることに気がつかない。

 階級闘争は、権力者が使う、道具である。

 それに気がつかない国民。

 まあ、それをいいたいのではない。

 勝ち組、ある一定以上ということになると、そこに、溢れる庶民が、でてくる。しかも沢山。

 普通に生活しているのに、それを価値がないと思わされている。

 価値があるかないかなど、その人の主観なのに、そうなる。

 では、勝手に考えればすむ話で、特に、問題ないだろうと思う方もいると思うが、そうでない。

 敗けとされる人が増えたため、本当の敗けが、普通の人に躍り出たのである。

 例えば、モンスターペアレントとか、神経質だから気をつかえだとか、客だから、気をつかえだとか。

 こんなん、ばっかり増えてきた。


 人様に迷惑をかける存在を、なぜ、この国は放って置くだろうか?

 中国人が五年くらい前、うるさい、うるさいと言っていたが、確かに、最近の増殖に慣れたと言うこともあるが、最近日本にあわせて、静かにしている。

 静かにしていないのは、小さいことで、クレーム入れたり、神経質だからというキーワードで、人に「迷惑を」かけることだけに存在しているもの。

 人の支えが必要だということと、人に迷惑をかけないと生きていけないというのは、ちがうのである。

 なので、私が望むのは、こういう者達の排除である。

 それこそ、中国にでもいけばいいのに。

 天井人は、人の労働でなりたつ。神経質は、ひとの感情を利用して、生きている。

 どちらも、根は、同じ。

 必ず、それを精算するときがくる。

 話によると、2022年とか。

 2021年の最後の日食を通れないらしい。