(2009/08/31/6:46.投稿記事)

(2024/06/19.再々投稿)





私は子供の頃、運動が苦手だった。



放課後、同級生達が校庭で野球の練習をしているのに、私は参加しなかった。

体育の時間、野球をすると、打席で空振りをする私を、同級生達は嘲り笑った。

又、例えば、親戚からプレゼントされたピカピカの筆入れを持って学校へ行こうものなら、同級生達は無理矢理取り上げ、野球のパスワークの要領で投げ回し私を嬲った。

「お前らっ、こんな事する為に、放課後、野球の練習してるのかっ!。」





…にも係わらず、甲子園大会では、大観衆と全国放送のテレビやラジオ・新聞の報道陣の前で

「…我々は、スポーツマンシップに乗っとり、正々堂々と…」

などと、恥ずかしげも無く宣言していた。(…絶句…)












ところが…、


私がブルース・リーに出会い、町道場で空手を学ぶ様になると、事態は一変した。

例によって、大切な物を取られパスワークされそうになったので、相手の一人に正拳突きを連打して取り返すと、


「空手を凶器として使う事は、許されるのか?」


と、言われた。


(何を惚けているんだ…?)


「ふざけるなっ!、先に野球を凶器として使ったのは、お前らだろうがっ!!。」


と、言い返すと、

「空手は、心を鍛える為に在るんじゃないのか?」

というので、

「それは野球も全く同じだろっ!何のためスポーツマンシップなんだっ!、正々堂々が、フェアプレイ精神が、信条じゃ無いのかっ!!。」



と言って、相手を黙らせた。











今、私は五十近い年齢(2009年8月31日現在)だが、この時の主張は今も変わらない。私は正当防衛だったのだ。




野球にしろ、空手にしろ、それを用いて落ち度の無い人を侮辱・財産の侵害あるいは傷つけることは、許されない。


武道も、広い意味ではスポーツに含まれる。武道精神とは、スポーツマンシップの一つと言える。













“スポーツマンシップを守らない野球少年”を殴った空手少年を、責める事が出来るのか…??!




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何が真で?、何が偽か?。



そんなことは、雰囲気や流行で決められる事では無いんだ!。




(“スポーツマンシップ”を反故にすることは『子供はワンパクだから、仕方ない…』などと、許されて…、“武道精神”を反故にするのは絶対に許されないのは、何故だ?!!。)














何が善で?、何が悪か?。


そんなことは、それこそ本当に、雰囲気や流行で決められる事では無いんだ!!。




(それならば…、“スポーツマンシップ”は反故に出来るほど低俗なもので、“武道精神”は反故に出来ないほど高尚なものである、と、定義しても良いのか?。“スポーツマンシップは低俗で武道精神は高尚”と定義して良いのかっ?!!。)









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…………どうも、日本人は、


“野球”“甲子園”という言葉・状態にとことん甘く…、



“武道”“空手”という言葉・状態に病的に厳しい・神経質な気がして成らない。