(2024/03/09/18:36.初回投稿)

(2024/06/13.第4回投稿)






かつて…、





(画像はイメージです。)




極真にいた “ある先生” が、極真ルールに於いては下段蹴りと中段突きで相討ちを覚悟で馬力で押しまくることが、勝つ方法論だと公言し、その戦法は「機関車」のようだとか、さらには「戦車」のようだと言われ、実際に大会においても実績を作ったが、









すぐにその戦法は、機関車先生よりふた回りも大きい “日本最重量選手” には通じなくなり、

日本最重量選手はそれからも、機関車先生をはるかに上回る実績を作っていき、


その後も、機関車先生が育てた東北王者さえもその日本最重量選手に一蹴された。











これに対し機関車先生は、極真の大会ルールにこそ問題があると主張し、


極真や大山倍達総裁を痛烈に批判し、


小が大を倒すためには、正拳の顔面突きありと掴んで投げありがルール上に絶対に必要だと主張して、極真を飛び出し、


出身地の東北を中心に、


“ナンチャラ”


という団体をたちあげ、顔面アリ・掴んで投げアリの大会を開催したが、最初こそその全日本選手権大会に於いて小兵の選手が優勝したものの…、

アッという間に大型選手たちに覇権をとって代わられ、挙げ句にオランダの2m12cmの超大型選手に全日本連覇された。


それに対し機関車先生は、日本にいる全ての弟子たちと共に、オランダ選手への復讐の決意を新たに固めると思いきや…、






(画像はイメージです。)






えっ??????





なんとっ!、


大会ルールを “日本国籍の無いものは出場できない” と変えてしまい、言い換えれば、“日本にいる総ての弟子たちを結集させてもオランダの大型選手には勝てない”と、“敗北宣言”とも解釈される行動を取ってしまったのだった!!。





えっ?、えっ?、それならば、






機関車先生が極真を辞めた直後、極真や大山総裁を批判した言葉は、







一体、何だったのだろう…。