キャスト:
私(作業療法士)
彼女(外国人。入院中)
蛇(ニシキヘビ)
場所:
離島の動物園。ふれあいスペース。
『捨てたもん拾い上げていつまでもしゃぶってんじゃねぇ』
彼女は徐に蛇の頭を、噛まれないように用心深くしかし確りとつかんで、なまめかしい目で蛇の目を見つめながら蛇の口を自分の口に近づけた。蛇に愛着を感じ、彼女がキスをするのかと思った私はその場でわりに落ち着いて様子を見ていられた。手慣れた様子で蛇をつかみ、蛇のほうでもまた拒否しない様子をみると、彼女は動物が好きでふれあいを求めているのだろう。蛇はけっこう大きなもので、その頭は彼女の口に収まるか収まらないかくらいの大きさであった。彼女は蛇に近づけた口を大きく開けて、その膨らんだ頭部ぜんたいをしっかりと自分の小さな口腔内におさめた。うまくおさまったようで両者とも苦痛は見せなかった。彼女はうっとりと目を瞑っていた。彼女の国ではこういった愛着方法もあるのかもしれない。たしかにこうしていれば蛇にとってもただ目の前に暗闇が広がっただけのことで、必要以上に戸惑うことなく、さらに蛇が口を開けられないので噛みつかれる心配もない。多少無理矢理にそう考えることにした。蛇をこんなに間近で見たのも初めてで、さらに無為であった彼女が自発的な行動を起こすところを見るのも初めてだったため、私は多少寛大でいなければならないと思っていた。
ただ次に彼女が起こした行動は、そうしたわたしの寛大な態度を一瞬で壊すものであった。彼女は蛇の頭部を口に入れたまま、ゆっくりと上の歯と下の歯をかみ合わせたのだ。歯の力は意外に強く、蛇の一部がつぶれるぷちゅっという音がした。つぶれた衝撃で口の中に苦い味が広がったようで、彼女は一瞬眉毛をひそめたが、うっとりとした目のまま顎を動かす回数を稼いでいった。それは、紛れもない咀嚼であった。最初こそ蛇の皮膚の強く硬くぐにぐにとした違和感で彼女の口の動きはゆっくりとしていたが、そのうちくちゃくちゃと音を立てて食事の時のような確りとした咀嚼ができるようになってきた。口からは様々な色の液体が漏れ出ていて、それらが彼女の唾液と共に溢れそうになるたび汚ないじゅぞぞという音をたてて吸い込もうとしているようであった。
私は衝撃を受けるあまり、彼女の前で身動きをとれず、ただ見ているだけしかできなかった。
くちゃくちゃ
という咀嚼音だけがその部屋に響いた。彼女の服は口から漏れた液体で汚れていた。彼女はその服をとても気に入っていた。空色の布に小さな水玉模様があしらってあり、ギャザーのたくさんついたシャツワンピース。京都で私がお土産にと買い与えたものであった。空色は完全に存在を失い、小学校の誰も手入れしていない池のような色に変わっていた。水玉の模様は池の泡のようにちいさく浮き上がっていた。
今まで見た中でいちばん幸せそうな顔をしている彼女にどう声をかけていいかわからなかった。空色のワンピースよりも、蛇の咀嚼により強い悦びを感じているのだ。
しばらく経って咀嚼をしつくし、彼女が蛇の頭部を鬼灯のように軽くぺっと吐き出した時、私の感覚は混乱を超えていて、ぼんやりとただ水玉の模様を見つめているだけで精一杯だった。
彼女はこちらを見た。