今回は前回の続きのような内容となるが、このウクライナ侵攻に関するニュースを見たり記事を読んだりしたことで、私なりに見えてきたことがあるので、まとめておこう。

ウクライナから飛行禁止空域設定の要請があっても、NATO諸国は軍事力を行使することを頑なに拒んだ。これは核兵器保有国(長いので以下では核武装国と呼ぶ)同士の交戦では、当初は通常兵器だけ使用していても状況の変化によって核兵器が投入される確率が非常に高いと考えられていることを意味する。

つまり核武装国同士の通常兵器による武力衝突自体が事実上不可能になった。

核武装国と非核武装国との間の交戦では、核武装国が状況に応じて核兵器を使用しても、太平洋戦争における広島と長崎の原爆投下のように、その使用は限定的かつ一方的なものにとどまるが、核武装国同士の交戦では、核兵器が次々に投入されて両国の全領土を焼きつくすだけでなく、世界に飛び火して全面核戦争に至り、人類滅亡となる可能性もあるからだろう。

"核の傘"という表現があるが、上記の場合は"核の拘束"と呼ぶに相応しい状況だ。

これを"核の拘束"理論と名付けよう。

ウクライナに侵攻したロシアのように、非核武装国に侵攻した核武装国に対して他の核武装国は軍事力を行使できない。つまり先に侵攻した核武装国の勝ちで、非核武装国は核武装国の侵攻に対して自力で対処するしか方法はない。

この"核の拘束"理論は、今回のウクライナ侵攻だけでなく、今後、様々な核武装国と非核武装国との間の武力衝突で、必ず持ち出される方法論だと私は考えている。そうしないと、核兵器が世界各国に拡散した状況では、全面核戦争に発展する確率を低く抑えることは不可能だ。

その意味でも、ウクライナ侵攻は歴史の転換点といえる。

"核の拘束"理論から考えると、核武装国であるロシアとNATO諸国は武力衝突が出来ないのだから、ロシアにとってNATOは軍事同盟ではなく民主主義を共有する仲良しクラブにすぎない。

つまりロシアはNATOの東方拡大を気にする必要がなく、NATOはほっといて自国の道を歩めばいい、と私は思うのだ。それでも気になるなら、ロシア自体がNATOに加盟申請すればいい、あまり民主主義が好みではない専制主義の国として。ただロシアの威信と誇りが、その選択を論外と見なすのは明らかだ。

そして、ロシアの威信と誇りがウクライナ侵攻の根源、だと私は考えるが、それについてはまた後で説明しよう。

次に視点を、ヨーロッパから東アジアに向けよう。

東アジアには核武装国の中国と北朝鮮とロシアが存在し、非核武装国として台湾、韓国、日本が挙げられる。

上記の"核の拘束"理論からいうと、中国が台湾に侵攻しても核武装国の米国は台湾の支援のために軍事力を行使できない、という結論になる。

ただ中国は現実的でしたたかな国だと私は思う。

中国は今回のウクライナ侵攻に対する世界各国の反応を踏まえて、中国統一という大義名分があっても、大義の実現による利益と台湾侵攻による不利益とを計算して、利益よりも不利益の方が多いと判断すれば台湾侵攻という選択肢は取らないはずだ。そして現時点ではその利益よりも不利益の方が圧倒的に多い、と中国は感じているだろう。

北朝鮮の方針は今後も不変、だと私は予想している。

経済制裁にもめげず黙々と兵器開発を進めていくだろう。既に北朝鮮は確固たる核武装国になったので、米国は北朝鮮に対して軍事力を行使できなくなった。

北朝鮮は遙か昔の朝鮮戦争が手続き上はまだ休戦状態であることにこだわっている可能性がある。北朝鮮を沈静化させる目的で、米国は一方的に朝鮮戦争の終結宣言を行うと共に北朝鮮を刺激するだけの米韓軍事演習を完全に廃止した方がいい、と私は考える。

それでも北朝鮮が兵器開発のペースを落とさないなら、今まで通り非難声明と経済制裁を続ければいい。

北朝鮮が経済制裁で本当に困窮している場合は、朝鮮統一という大義名分を掲げて韓国に侵攻する可能性を否定できないだろう。勿論、この侵攻の真の目的が韓国の富と資源を奪うことにあるのは言うまでもない。

韓国の富と資源を奪うことが目的なら、当然ながら北朝鮮は核兵器を使用できない。そのため韓国は核武装する必要はなく、北朝鮮の侵攻を食い止めるだけの通常兵力があれば十分だ。

その際、核が持っていても使えない兵器であることを、北朝鮮も理解するだろう。

さて最後に、ロシアを取り上げよう。

昨今はウクライナ侵攻をプーチン大統領個人の責任とする傾向が強いが、果たして問題はそんなに単純だろうか。私はこの問題の根はもっと深い所にあると思う。

ニュースを見ていると、ロシア国民の中にもウクライナ侵攻に反対する平和主義者がいることがわかる。私はロシア国内の状況は全く知らないが、ロシアの全国民が平和主義者ではないことは明らか。また平和主義者が大部分を占めるなら、散発的な抗議やデモだけではなくゼネストが発生するだろう。

冷戦が終わりソ連が崩壊、ワルシャワ条約機構も消滅した。東欧やウクライナ等の国々の人々はソ連という重圧がなくなり自由になったことを喜んだが、ロシア国民の多く、特に初の共産主義国の国民としてソ連時代の栄光を体験した熟年世代は、ソ連という大国がもっていた威信と誇りが失われたことを嘆いたはずだ。

また若者が年上の年配者や老人から影響を受けやすいのは、どの国でも同じだろう。

自らの威信と誇りを周囲に示したいという思いは、人間の本能に根差した基本的な欲求であり、歴史的社会的状況によって過去と現在と未来のあらゆる地域の民族や国民が、その欲求に憑りつかれる可能性がある。

威信や誇りを重視する権威主義の例としては、戦前の日本は勿論、ナチやネオナチや白人至上主義やイスラム原理主義を含むすべての原理主義等が挙げられよう。

なお一口に権威主義といっても、ISやアルカイダのように侵略やテロを目的とする場合と、イランやアフガニスタンのように自国内での革命改革を目指す場合とでは大きく異なり、外部に害をなす権威主義は最悪の部類に属する。

具体的な理由は様々でも、その意味でヒトラーとプーチン大統領は、同じ穴の狢。おそらく歴史的評価もそうなるだろう。

善と悪とは物理的実体ではないし数学概念のような理論的存在でもない、つまり善のイデアなど存在しない、あくまで社会の人間関係の状況に依存する概念だと私は考える。大多数の個人の利益を生む行為が善であり、個人及び集団を含めて一方の利益になっても他方の不利益になる行為は悪であろう。一般的に個人や集団はその行為によって判断されがちだが、善悪の判断はその行為だけに留めるべきだと私は思う。魔が差すという場合もあり一つの行為だけでは判断しづらい。ただ同じ行為が繰り返される場合や、行為の内容によっては如実に本質を表す場合もあり、状況依存なのは明らか。

例えば私は十数年以上前からリタイア後の今も日本ユニセフのマンスリー・サポート・プログラムで月五千円の寄付を続けている。微々たる額だが少しは世界の恵まれない子供たちの役に立っているはずで、この寄付という行為は善といえる。

ところが戦前の日本やヒトラーやプーチン大統領が実行した侵略侵攻という行為は、その侵略侵攻先に莫大な人的物的損害を与えているから、明らかに悪である。

戦前の日本は、欧米から見ると現代のプーチン大統領のロシアと同じだった、ことをお忘れなく。ロシアと違って拒否権を持たない日本は当時の国際連盟を脱退した

ただ政治家としては、この両者は有能だ。ヒトラーは第一次大戦の敗戦により生じた多額の賠償金を抱えながら国を再建して、アウトバーンを建設しドイツの自動車産業を育てた。プーチン大統領はソ連崩壊後の混乱したロシアをやはり再建した。ドイツには勤勉な国民性、ロシアには豊富な天然資源という武器があるが、それを上手く利用したのも確かで、両者とも頭脳明晰なのだろう。

その威信と誇りによりロシアは中国を見下しているが、やはり頭脳明晰な中国の習近平国家主席は、以前からそれを承知でも下手に出て同じ反米側のロシアを上手く利用しようとしている。なお中国にも黄河文明誕生の時代から連綿として続く強国としての自負つまり威信と誇りがあるのは明らか。

人間嫌いで周囲の評価なんてどうでもいい私には無縁だが、威信や誇りがそんなに大事で、そのためには集団で殺し合いまでする。人間とは愚かな生き物だ。

少々脱線したが、話の主役をロシアに戻そう。

結局、平和よりもソ連時代の大国としての威信と誇りを取り戻すことの方が重要と判断する国民が多いのではないか。そして威信回復を望む権威主義者が平和主義者よりも多数派なら、ウクライナ侵攻後にプーチン大統領の支持率が上がった現象が無理なく説明できる。

戦前の日本の大本営発表のように、プーチン大統領の説明を疑問をはさまずに聞く人々が多いのだろうが、それでもウクライナ侵攻は知っている。民族的にはロシアの親類とも言えるウクライナが脅威になるとは思わないが、民主主義を広めようとするNATO諸国の思惑を粉砕できたことで、ロシアの大国としての威信と誇りが少しは回復できたと判断して、ロシア国民は好意的に受け止めたのだろう。

結局、今回のウクライナ侵攻は、プーチン大統領にとっては、支持率低下に歯止めをかける為に仕組んだロシアの国民向けの政治的パフォーマンスではないのか。

ウクライナの中立と非軍事化はただの建前に過ぎず、侵攻によってロシアの強国としての姿をロシア国民に示したかっただけ。だから侵攻自体が目的ともいえる。

占領や経済制裁の対応に失敗すれば、プーチン大統領が失脚する可能性もある。

仮に失脚が避けられない状況になった場合、プーチン大統領は経済制裁を実施したすべての国に対して、戦略核ミサイルによる攻撃を行うかもしれない。ただそれはその後のロシアとNATO諸国の間の戦略核兵器の応酬を招き、ロシア国民のみならず全人類の大半を破滅に導く結果となるのは必定だ。自分の身内が核兵器の炎で焼け死ぬ姿を想像すれば、サイコパスならともかく、そこまで自暴自棄になれないはずだが、プーチン大統領の場合は完全には確信が持てない。

なお権威主義者がロシア国民の多数派を占めるなら、メドベージェフ首相を含め、その後継者がプーチン大統領よりさらに強硬でスターリン色の強い人物になる場合も十分考えられる。

グルジア(2008年)、クリミア(2014年)、ウクライナとロシアの侵攻はウクライナで三カ国目らしいが、大国としての威信回復がロシアの真の目的なら、ウクライナで満足して終わるとは思えない。次の侵攻先が必ず必要になってくる。

勿論、今すぐにではなく数年以上先になるだろうが、ロシアの次の侵攻先はどこになるのか?

旧ソ連領内で候補が見つからない場合、目を東に転じるはずだ。そしていつまでも北方領土にこだわりウクライナ侵攻で欧米並みの経済制裁を実施した日本が、格好の侵攻先として見えるのではないか。

だが日本には米軍の基地がある。日本への侵攻でロシア軍により米軍基地が被害を受けた場合、米軍基地は米国の領土なので、米国が攻撃を受けたケースに該当する。その場合は"核の拘束"理論に反してでも、米国は重い腰を上げて、何らかの軍事的対応を取らざるを得ないだろう。

ロシアとしても米軍との直接の武力衝突は避けようとするだろうから、米軍基地が存在する沖縄や本州にはロシアは侵攻しない、と私は考えている。

しかし北海道には米軍基地はないはずで、ロシアにも近い。ロシアの北海道侵攻は十分あり得るのではないか。

そして旧ソ連領の外にある北海道を武力で奪い取れば、大国としてのロシアの威信と誇りを十二分に回復できるはずだ。

勿論、数年後のロシアの北海道侵攻という私の予想が、杞憂に終わることを願っている。また日本は防衛の為に核兵器を持つべきだとも思わない。しかし侵攻が日常茶飯事になった今、核兵器を含む海外からの侵攻に対して、日本は充分に防衛力を整えるべきなのは明らかだ。

私は米軍の厚木基地の近くに住んでいる。

岩国基地への移転により今では殆どなくなったが、かつては厚木基地を離発着する戦闘機の爆音に悩まされたものだ。ところが軍事侵攻が他人事ではなくなった状況では、米軍の基地近くに住んでいることは一種の安心感を与えてくれる。日本には米軍基地を嫌う人が多いが、この時代、米軍基地は貴重な存在と言えるのではなかろうか。