1,000年越しの想い
友達とご飯を食べた帰り道。最近の朝晩はぐっと冷え込み、日中の暖かさとの差に寒さが身に染みる。冷え込みと同じくして冬を知らせるかのように最近は月明りが綺麗だ。暗闇に染まった世界に浮かぶ月は煌々としていて、自分の青さがやけに浮き彫りされる。周りの景色に似合わない電柱の白白しい灯りよりもずっと形見が狭くなる気がした。そんなことを感じた昨日、11月23日は満月だった。そしてこんなニュースを目にした。“藤原道長が「望月の歌」を詠んでから1000年目の満月に!”この記事を読んだ私は、なるほど、だった。なんだか妙に納得してしまった。やけに神々しく見えるのは道長のせいだったかもしれない。1,000年前。宴をしていたときに詠まれたこの句。「この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の欠けたることもなしと思へば」この世は自分のためにある。この満月のように私の心には不満が全くない。(参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E9%81%93%E9%95%B7)自分の気持ちを素直に表したこの句は、傲慢な道長らしいと言われることもしばしば。けれど、このときの道長の背景には政権争いや繰り返していた病気もあるらしい。苦労をしていることがあるにもかかわらず文句がないという彼の姿はどことなく儚い。数千年前の時代を生きていた彼のことを弱音を見せない強がりな人だと身近に感じる。この句が詠まれてから1,000年経った昨日。月は彼を含めた多くの人類の行く末を見ているはず。そんな彼に対して「案外悪くなかったと思うよ」と褒めていたかもしれない。誰かを褒めたり称賛したりすることは、文句を言ったり咎めたりすることより数億倍価値のあることなのはよく分かっている。けれど、どうしても自分のなかで許せないことや悔しいことは起きてしまう。そんなときに誰かに悪態をつくのは良くないよ、明るい光の月にそう言われた気がする。言われなくても、そんなこと分かってるてば。今夜も月は辺りを照らす。私の気持ちなんておかまいなしに煌々としている。太陽みたいな人も良いけど私は月みたいな人になりたいと思った11月23日だった。