以前も書いたかもしれないが..。

昔は紙が人間の外部記憶装置だった。

現在はコンピュータが外部記憶装置である。

好むと好まざるに関わらず。

大学生の多くはAIに記憶を頼っている。

サラリーマンもAIサポートなしでは仕事ができなくなってきた。

金融業界などは人が働いているのか、AIが働いているのか、

もはやどちらでも良いような状況になっている。

 

「わたし」が居ないだけで、

記憶や作業はコンピュータでもできることがわかってきた。

つまり、表題をつけるのが人の役目で、

作業をやるのはコンピュータで良いのだ。

 

どこを人がやるのか?

どこは人が必要なのか?

人は何をするべきなのか?

 

ウクライナ戦争で無人戦闘の機械が人を殺すビデオを見た。

兵器を人が使うか、機械が使うか、

だけの違いではある、兵器を使えば人は死ぬ。

 

クルマはいろいろな荷物を運ぶ、

今までは人が運転してきた。

もうそろそろ運転は人の仕事ではなくなるだろう。

そうなると事故は本当に事故がなければ起きなくなる。

まるで工場で機械が故障するように..。

 

でも人は不思議だ、

生まれたときは人はみんな無知のはずだ。

でも民主政治を理解できない人は存在している、

同じような教育を受けているのに..。

プロセスは同じだが生まれてくる結果は同じにはならない。

なぜロシアは民主国家になれなかったのだろうか?

歴史を学んできた人間としては、答えを知りたい。

中国はいつからこうなってしまったのか?

ほんの10年ほど前まであんなに自由だったのに..。

 

このまま技術が進めば人の役割は減っていくだろう、

もちろん、増える役割もたくさん生まれてくるだろう。

その近く訪れる瞬間が来るまでに、

人の役割を真剣に定義しなければいけないのではないか?

 

兵器だけではなく、

人の役割の定義は議論すべきと思うのだが..。