1月中旬(日にち忘れた💦)

久しぶりのドライブをした。

主人と2人で出かけるのは久しぶりだ。

行先は大阪国際がんセンター。

冷たい雨の降る日だった。
大きな玄関、受付を、通ってセカンドオピニオンの先生にお会いするために向かった。

外来の大きさにまず驚く。ホテル並みのエントランス。外来なのに、エスカレーターがあり広くて迷子になるほど。
外来の診察室が、何十室あるのか分からない。
消化器外科のとある診察室前に待機した。


腹水と浮腫で足を重そうにしている主人と2人、肩を並べて、広い待合室のベンチに座る。

期待と不安が込み上げる…  何と言われるのだろう。

この時間も、あの砂時計の時間に含まれているのだ。
主人は黙ってその時間を待っていた。


そして、その時が来た。

『どうぞ。こちらへ』   看護師さんに案内された。


※この写真と女医さんは関係ありません。あしからず…



『初めまして。今回ご説明します、○○です。よろしくお願いします』

もう,たった1度の先生の名前は記憶がない。でも
若い,細身の綺麗な女医さんだった。

要約して記述することとする。

私たちの質問は、抗がん剤のほかに治療方針はないのか?、というところだった。

現在の治療方針、血液検査、CT画像、を全て拝見しました。
率直に申し上げて、新しい治療より、緩和ケア

を強くお勧めいたします。

これ以上の治療方法は正直厳しいですね…


頭の中にはこの解答は確かにあった。

改めて言われる時、それを認める許容がないことに気づく。

いや…それは…そうなんだろうけど…

あまりにも完結した答えで、何度も同じ答えが、この先生の口から、手を変え、品を変え出てくる…

主人が、何か質問をした…
内容はこの時何を話したのか全く記憶がない…

その答えだけはなぜか覚えている。

『それは、主治医に聞いてください』

まるでマニュアル通りの答え方に感じた。

別角度からもう1度聞いてもやはり、

『それは、主治医に聞いてください』

セカンドオピニオンの90分の時間が余ってしまった。

先生は,[何かもう同じ答えしか持ち合わせていないのでこれ以上は、もう何も答えは,ありません。〕そんな感じだった。

資料をトントンと整理して,畳みかけるように一言…

『ほかに,ご質問は?』

私たちは、お礼を言い、部屋を出た。

😞😞😞😞😞😞😞😞😞😞😞😞😞😞😞😞
セカンドオピニオンは,治療方法がほかにある場合には答えられるが,ない場合はないと答える。
それ以外のことは何も答えられないのか…

治療方針は一切答えない つまり主治医には,口出ししない…

私たち夫婦は,何を求めてここに来たのだろう。
希望を求めていたはずなのに…
緩和って?
緩和はわかっている。 でも,もうそんな時期なのか…

緩和   余命を意識する   いやいや,
いつそんな話を切り出す?  今の主人には言えない…
そんなことを頭の中で呟いていた。

緩和の時期は分かっていたはずだ。

ただ急性期病棟での入院のため、主治医はどうしても治療優先、血管内脱水だからといって、高カロリー輸液など投与していた。
もしも自分がほかに治療方がないのなら何をすべきなのか、知りたかったのかもしれない。

ジレンマだった。

もしかして…主治医はこれをセカンドオピニオンとして利用したのでは?

貴方はもう緩和ケアが必要なんですよ…

主人と私は、せっかくなのだからと、このがんセンターのカフェで、コーヒーとケーキを食べることにした…。コーヒー☕️好きな2人にとっては久しぶりのお茶だった。

主人がポツンといった。

『あの女医の先生、何度聞いても,同じ事の繰り返しやったな。』
悔しかったに違いない。

『うんそうやったね。』

そろそろ緩和のことを切り出す時期と、セカンドオピニオンの待合室で、私は緩和のことは主人には、こう伝えていた…

『緩和ってね、治療がもう終わってからするっていうものではなくて、治療が始まるその時から並行してあるもんなんやよ。 F先生もそれは話していたし。』

今の主人にそれを話したところで、意味があったのか、無意味なのか…

もうタイミングがバラバラだった…


珈琲とケーキを2人で食べながら、美味しいなぁと
うなずきあっていた。

そして帰路についた。

次回へ続く✨✨✨✨✨✨✨✨✨