家族。
居場所があるというのは、当たり前なことではないのかもしれない。
私はあまり恵まれた状況や条件で産まれて来ることができなかった。それでも家族や家庭環境にはとても恵まれていて、疑いようのないたくさんの愛情を浴びて育てられた。それこそがワタシの誇りで財産だと思う。誰にも奪われる心配のない財産。
この疑いようのない愛情の連鎖は続いている。ワタシが受けたたくさんの愛情は、やっぱり疑うことなく届いていて。とても愛情に溢れた子に育ってくれていると思う。
離婚して本当に良かった、と思います。そのことを子供たちもちゃんとではなくても、理解している。理解しようと努力して、ワタシの選択を許し、ママがそう思ったならそれでいいと思う、というスタンスで居てくれている。それに甘えないように、今日も明日も全力できっとがんばらなくても、ずっと大好きなんだ。親が祖母がそうしてくれたように。
喪服。
今日は実に7年近くぶりに喪服に袖を通した。最後に着たのは前の職場の大好きなKさんのお父様の葬儀。あの時、母は離婚したてで仕事をはじめたばかりの私が休日に子供を置いて家を開けることを許さなかった。きっと余裕がなかったのだと思う。
だから子連れの参列になった。
今思えば本当に失礼だったと思うけれど、とにかく必死だった。
大切な人の、大切にしている方が亡くなるのは辛い。離婚して親戚が半分になり、葬儀の回数も減り、私まで出て行くような近しい不幸がここ最近なかった。
最近家族の健康を見直すような出来事が立て続けにあった所にご近所の訃報。生きていること、それだけで幸せだから。ワタシはたくさん色んなことに煩わされて、もみくちゃにされて。そういうことすらもうひっくるめて愛しいのだと、そう思う。







